第36話

今日が日曜日だからか、玄関にはみんなの靴が揃っていた。玄関の扉の音に気づいたらしい弟が、「おかえり〜」と迎えてくれる。



昨日、父親の暴力によってできた怪我を心配する杏李は「お兄ちゃん、アザ酷くなってるよ…」と眉を下げた。



俺が高校の時よりも、背が伸びた杏李。



「……父さんは?」


「リビングにいるよ、でも、まだ機嫌悪そうだから行かない方がいいよ」


「そうか…」


「ちょ、お兄ちゃん…」



杏李の心配を他所に、リビングの扉をあけた。そこにいるのは、杏李の言っていた通りテレビを見ている父親と…。洗濯物を整理している母親がいて。


母親は…俺の顔を見て、杏李と同じように眉を下げた。

帰ってきたことに気づいているであろう父親は、不機嫌な顔をしたままテレビに目を向けている。



「……──父さん達が許してくれないなら、出ていく。もうその覚悟が出来た」



けど、その言葉に鋭い目を向けてきた父親に、自分の眉も寄る。



「……お前、何言ってるか分かってんのか」



その声は、低い。

きっと今まで聞いた誰よりも。



「柚李…?」


「分かってる、」


「分かってねぇだろ!! 舐めた事言ってんじゃねぇ!!」



父親は滅多に怒鳴り声をしない。

言う時は、こういう風にマジギレした時。

ソファから立ち上がった父親は、昨日と同じように胸ぐらを掴んだ。



「出ていく」



そういった俺を勢いよく殴りつけ、「と、とうり…」と声を出す母親が、父親の腕を掴む…。


床に座り込んだ俺の元に、杏李が来た。




「お前、まさか七渡んところに行くんじゃねぇだろうな?」



俺の苗字も七渡だけど、父親のいう七渡とは、組の名前。じいちゃんの所。

きっとじいちゃんに言っても、入れてはくれない。

許してくれない。

俺が組に入りたいと言っても。


この父親が許さない限りは。



「…父さんは知らないかもしれないけど、族やってる時に声はかかってた。今も…。じいちゃんのところとは違う組に来ないかって。いざとなればどこにだって…」



また頬に衝撃が走り。今度は蹴られたらしい。鼻から赤い液体が出てくる。

「……お兄ちゃん」と、弟が鼻をこする俺を見て泣きそうな顔をしていた。



「助けたいんだよ……」


「そう言って前もマンション借りたろ、今度は違う女だろうが!! お前何回首突っ込んだら気が済むんだよ!」


「父さん…」


「簡単に言いやがって…」


「簡単じゃない、覚悟を持ってる、俺はあの子だから助けたい…」


「だったらテメェがその借金稼いでこい!!」


「間に合わないだろっ!」


「そんぐらいの覚悟なんだろうが!! 勝手に自己破産でもしろや!!」


「だから覚悟して組に入るって言ってんだろ!!今じゃ関われねぇから…!!」


「ガキみたいな考えしてんじゃねぇよ!!」


「ガキ?」


「20歳になったばっかのお前に…ガキだろ!!」


「父さんだって20歳で俺を作ったんだろ!同じ歳だろ!! ガキは同じだろ!!」


「お前を組の人間にしたくねぇから抜けたんだろうが!!」


「…っ、知ってるよ、爽くんに何回も言われたし。父さんは母さんと一緒になりたいから後を継がなかったって。抜けたって」


「柚李…」


「俺はシイナと一緒になりたいから組に入りたい…、何が違うんだよっ」


「全然違うだろ!! お前は極道を何も分かってねぇ!!」


「父さん!」


「勝手にしろ!! 出ていけ!! 二度とこの家に帰ってくるな!!」




鋭い音がする。

父親がどこかを蹴ったらしい。



腕を使い、体を起こせば「お兄ちゃん…」と杏李が俺を追いかけてくる。


それを無視して自室に行き、ある程度の荷物を鞄につめる。



「お兄ちゃん…出てくの、どうして…。今からでも謝れば…」


「ごめんな」


「俺じゃなくて父さんに…」


「もう決めたから」



そう言って杏李のほうに微笑みかければ、涙脆い杏李は泣きそうになっている。



「わかってる、父さんの言いたいことは。俺のために言ってくれてることも…」


「だったら…」


「ごめんな…」


「お兄ちゃん…本当に家を出ていくの?」


「そうだな、ヤクザの兄貴がいるって、周りから言われないようにするから」


「ヤクザって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ…」




泣く杏李の頭を撫でる。

その刹那、月の事を思い出した。

俺と弟と一緒にするために、脅されていた月を…。

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