第23話

────ケイシが帰ってきた。



ケイシは帰ってくるなり、「目の調子は?」と聞いてくる。まだモヤがかかっている状態の私は、ケイシに何も言うことが出来なかった。


だって私は、ケイシが帰ってきても目が見えなかったら、内臓を売られてしまう手筈だったから。



「回復はしているみたいですが、まだほぼ見えてません」



近くにいるタカがそう言い、ため息を出したケイシは、「…めんどくせえな…」と、低く呟いていた。



「どうします?」


「回復してきてんなら、そっちの方がいい」


「ですよね…」


「体は死ぬまで売れるけど、内臓は1回しか売れないからな」


「ではもう少し様子を?」


「治ってきてんならさっさと治せやバカが」




ケイシはそう言うと、部屋から出ていく。

タカも出ていくのか、足の音が2つ遠ざかっていくのが聞こえた。



〝もう少し様子を〟

〝内臓は1回しか売れない〟

〝体は死ぬまで…〟



それを聞き、ああ…私はまだ生きることができるんだと思った。

そう思っている自分がおかしくて、思わず笑いそうになってしまった。

だってつい数日までは死にたいって思っていたのに、今はまだ生きることができるとほっとしているんだから。



自分でも分かっている。

また、あの人に…ユウリに会えるかもしれないと心のどこかで思ってしまっているからだと。


どうして会いたいのか。

この暗闇の中での、唯一の光だからか。







あの日以来、会うことが出来なかった。

時間が合わないからか。

窓が開いてある時と開いていない時もあり。

今日もだいたいのその時間、体内時計を目当てに私はトイレに向かうために部屋を出た。


その瞬間だった。

「──…どこへ行く」と、低い声に呼び止められたのは。ケイシの声に、体が震えた。


ケイシがいるであろう方に顔を向けたけど、ゆっくりその視線は、下へ向く。



「…お手洗いに……」



そうポツリと呟けば、「…んならさっさと行ってこい。彷徨くな」と、さっきよりも声が低くなる。



「すみません…」



そそくさと、いつもは急ぎ足なんてすることは無いのに。ケイシから離れたくて足を動かした。







ふわりと風がふいている。それだけで心の中が温かくなる。あと何度この風を体に当てることが出来るのか。

目が見えかけている今、内臓は売られない…。だけど分からない。もしまた暗闇に戻れば明日にでも殺されるかもしれない…。




〝怖い〟という感情が体を蝕んでいくけど、だけど、次の瞬間には温かみに変わる。




「今日は急いでるのか?」と、少しだけ早足になっている私を見てなのか、そう言った人に泣きそうになる。




辛くてじゃなくて、嬉し泣き…。

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