第14話
「…み、…みえなくて…」
その人は、何も言わない。
「方向が、分からなくて…」
黙って私の話を聞いてる。
「……すみません…あの、」
思わず顔を下に向けてしまう。
「……すみません……」
泣きそうになりながら。
「へや…に、…連れて行って…くれませんか…」
そう、願えば、かすかに服の音がした。
「悪いけど…」と、低い声を出すその人に、体が震えそうになるけど。なぜかこの人は〝平気〟って思ってしまう。
どうして…。
「ここ、俺も何があるか分かってないし。あんたの部屋がどこにあるか分からない」
広い家…。
何があるか分からない。
〝売り物の部屋〟がどこにあのかも。
「この前、会った…トイレの近くなら場所分かる?」
優しくそう言われ、小さく頷けば、「たてる?」と、何かが背中に当たる。
それがその人の手だと分かって、分かったものの肩がビクつき。
それでもケイシたちとは違う柔らかい手つきに、心がジン…とする。
「手繋いだ方がいいか?痛い?」
〝痛い?〟と聞かれる意味が、あまり分からなく。
「道、教えていただければ…」
「転んだら危ない」
もう、私の目が見えないとわかった彼は、私の手を優しく握るとゆっくりと歩く。そのスピードは3歳児が歩くようなスピードで、とても歩きやすく。
「…すみません…」
「いいよ」
「すみません…」
「いつもこうして、1人で歩いてるのか?」
「……いえ…」
「けど、この前1人だっただろ?」
「トイレは…1人で…。今日は、たまたま、用事が入ったらしく…」
「…いつも誰かいるってこと?」
「……すみません、ご迷惑を…しっかり覚えていれば…」
こんなことには…
「いや…、」
見えてねぇのに…置いていかねぇだろ普通…と、呟いた彼。
何度何度も申しわけなくて謝れば、「謝らなくていい」と低い声で言われ。
「俺は組の人間じゃないから、ビビらなくていいよ」
組の人間じゃない、じゃあなんでここに居るのかと思ったりしたけど。
それを聞くのもおかしいから。
「ここ、トイレ。ここから分かる?」と私を案内してくれた人は、私の手をトイレの扉につかせた。会った場所ではなく、トイレまで案内してくれた彼に、何度もお礼を言った。
「部屋どこ?」
「…え?」
「送ってく」
「……大丈夫です、…分かります…、すみません…」
「いや、…送るわ、」
「あの…」
「さすがにその手で1人ではって言えないから」
「……その手?」
私は自分の手のひらに目をむせる。
けれども見えない。
見えないのに、目を向けてしまう。
「痣が出来てる、痛かったら言ってくれ」
彼にそう言われて、〝痛い?〟とさっき聞かれた意味が分かった。
壁にぶつかる時もあるから、きっと私の腕などに痣があるのだろう……。
私の言葉の案内で、部屋まで送ってくれた彼は、部屋の中を見て、「…布団だけ…なのか」と、部屋の殺風景に驚いているようで。
「すみません…、ありがとうございました…」
お礼を言った私に、彼は、「…ああ」と低い声を出した。
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