第13話

今までタカは私を浴室までの案内をしてくれていた。


だけど今日、風呂から上がり服を着ていた私の傍で、タカが誰かと電話をしていた。

タカは「すぐ行きます」と返事をしてた。


そんなタカは電話を切り終えると、「お前、何回も来てるから1人で帰れるだろ」と私に言う。


正直、トイレよりも浴室の方が部屋から遠く。

まだ歩数も覚えてなければ、壁の形も覚えていなかった。広い家。

けれども「覚えてません」という訳にもいかなくて。黙り込んでいると、足音が遠く消え去った。


タカがいない雰囲気を察して、泣きそうになりながら、記憶を辿りに、壁を伝った。



多分、ここを真っ直ぐだった。

それで、左に曲がった。

そして途中で、壁がなくなる、はず、と。



そう思って、壁がないところを探していた時だった。ガクン!と、何かが足に当たる。

心臓がドクドクと震え、痛みが走り、咄嗟に膝をおった。手を伸ばせば、それは箱のようなもので。



紙…、ダンボールの、ような、…。



きっと誰かが置いたらしい…。





顔を顰め、体をずらし、回り込むように立ち上がり歩み、命綱の壁を探す。腕を伸ばす、けど、私の指先には何も触れることなく。



壁がない。


あれ?と、右側に手を伸ばすけど、そこにもなくて。一気に冷や汗が流れた。



わ、分からない…。

どう壁を…。

壁が。



戻ろう、いったん、浴室に戻って、もう1回と、体を反転させたけど。

さっき右側に手を伸ばした時、体を反転させたような気がして。



また汗が流れる。



戻ろうにも、戻れない。



少し歩けば壁は見つけたものの、ここがどこの壁か分からなくて。



息が乱れた。




一気に、恐怖と不安が押し寄せ、まるで誰もいない宇宙に1人きりで閉じ込められたようだった。



「あ、あの、……すみません…」



小さい声で誰かに助けを求めるけど、その廊下には誰もいない。そうだ、さっきのダンボールらしいものを探そうと床に膝をつくけど、もうそれさえどこにあるか分からなくて。



もう、声を出すのも恐ろしく。

声を出せば、泣いてしまいそうだった。




その場で座り込み、私は誰かを通るのを待つことにした。もしかしたら戻ってきたタカが見つけてくれるかもしれない。


そうなれば、まだ〝1人では戻れない〟って分かってくれるかもしれない。




そう思って待っていた。

けれども、誰もここの廊下を通らない。

もしかしたら今は真夜中で、しばらくの間誰も通らないのかもしれない。



膝を抱えいつものように座り込む。

何分、何十分、何時間。

廊下で座り込んでいた私の耳に、ようやく足音が聞こえ。

ゆっくりと顔を起こせば、その音は鮮明に聞こえる。

誰だろう、この歩き方…タカじゃない…。



そう思っていると、間近になった足音の主は、「……どうした?こんなところで」と、私に声をかけてきた。



その声は、聞いたことがあった。



この前、トイレに行く時、足を怪我してるのか?って聞いてきた人で。



知らないけど、知っている人が現れて…、少し心がほっとした…。

ここはそういう組織だから。

凄く怖い人が通ればどうしようって思ってなかった訳でもない。



「気分悪いのか?」と、しゃがみこんでいる私の傍で声がしたから、多分、この人もしゃがみこんでいるらしくて。




「あ、の、…」と、言った瞬間だった。

我慢していた涙がぽろ…っと流れた。

それは数滴。


宇宙という暗闇で、出会った光…。



「ん?」


「…あ…の、」


「何?」



声が低い…。

それどもそれに嫌悪感はない。

ケイシのしゃべり方は、いつも嫌悪感がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る