第55話

お父さんに認められても、壱成さんは朝の挨拶を辞めなかった。「おはようございます」とお父さんに頭を下げる壱成さんを見つめる。私のためなら、何でもしてくれる人。


手を繋ぎ、最寄り駅まで向かっている最中、認められたという気持ちが嬉しくて、壱成さんにいつもより寄り添う自分がいた。


その間に壱成さんは教えてくれた。昨日の会話を。マンションを借りる場所や、壱成さんが働く業種や、場所。──それから、壱成さんの親はなんて言っているのか。



「……壱成さんの、ご両親はなんと」


「了解は貰っている、今度、佳乃を紹介させてほしい」


「はい、もちろんです……。一緒に住むことに反対されていないのですか?」


「全く、佳乃のこと、気にいると思う。あんたは優しくていい子だから」


「そんな、私なんて……」



優しくて、いい人なのは壱成さんなのに。でも、壱成さんにそう言われると嬉しい。

嬉しくて頬を染めていると、壱成さんが立ち止まり、壱成さんの手が伸びてくるのが分かった。これからは毎日すると言っていた壱成さん……。


恥ずかしく、下を向こうとすれば、少し顔にかかっていた髪を壱成さんの指先で遠のけた。



「今度、部屋を見に行こう」



壱成さんが、甘く言う。



「……はい」


「引越しになるから、佳乃も荷物をまとめて」


「……はい」


「佳乃?」



甘い、声を出す壱成さんに、胸のドキドキが止まらない。──抱き合ったりはしているのに。こんな心臓じゃ2年後はどうなるんだろう……。


緊張で、頬が赤くなるのが分かった。

好き、好き、壱成さんが好きで……。好きすぎて泣きそうで。少し潤んだ目で壱成さんを見上げた。無意識に繋がっている手も強くなり。



「ヘアピン、つけてきたのか?」


「……は、はい」


「似合ってる」


「…壱成さん……」


「ん?」


「い、いま、すごく」


「うん」


「壱成さんに、抱きしめられたい……」



じ、と、壱成さんを見つめる。



「好き……、壱成さん……ほんとにすき……」



壱成さんが、私の体を引き寄せる。壱成さんは力が強いのだと思う。それでも私が痛がらないように、無意識に力が抜けている。


壱成さんは背が高い。

壱成さんの胸元に顔を埋めた私は、そのまま顔を上に向けた。

壱成さんが、私の頬に手を添える。その頬を愛おしそうに撫でる。



「…外でいいのか?」



初めてのキスは……。



「壱成さんはいや……?」


「いやなわけない」


「したい……」



壱成さんの腕の力が強くなった。



「あんた、お願いする時だけ敬語を無くすのか?」



壱成さんの整った顔が近づく。



「だめ……?」


「いや、」



唇に、壱成さんの吐息がかかる。



「可愛くてどうにかなりそうだ」



唇が重なった。壱成さんの唇は、柔らかく。唇に、熱が溜まるのが分かった。数秒程で離し、壱成さんの腕の力も弱くなる……。

今度は私から近づいていた。それを分かっているからか、私の背を伸ばすように壱成さんの力強い腕が支えてくれて。



また、重なった。



「……2年」


「え?」


「我慢できっかな……」



今度は幸せそうに笑った壱成さんから、唇が重ねあわせてきた。

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