第37話

私はこのまま何も食べられず死ぬのだろうか?

そうなると、1年後という壱成さんとの約束が守れなくなってしまう。

いやそもそも私は壱成さんと会ってもいいのだろうか?あれだけ拒絶して…。すごくすごく、壱成さんを傷つけてしまったのに…。



足が重い。耳鳴りして、キーンと頭に響く。

あと何日食べなければ人は死ぬのだろうか?

そう思って階段を登りきった時、──…見知った黒い服を見つけた。

お兄ちゃんみたいにどこの制服か分からないほどの着崩しはなく、上下とも制服を身につけているその人。

着ているものの、きちんとは着ていなくて…。


どこかを見ていたはずなのに、私が階段から登ってきた瞬間、こっちに目を向けた。

何度目だろうか。

この人はすぐに私を見つけることができる。


目が合い、見つめ合い、思わず足が止まった。どうしてここに壱成さんがいるの?──そう残りの少ない糖分で頭が考えた時、壱成さんが私の方に歩いてくるのが分かった。


1メートルあいた距離で、背の高い壱成さんは私を見下ろした。会うのは1年後のはずで…。

私に近づいてくるということは、間違いなく私を待っていたということ。



「…あんたの様子がおかしいと」


「──…?」



壱成さんの第一声が、それだった。



「ご飯を食べていないのか?」



ご飯を食べていない──…。


どうして壱成さんがそれを?

それほどふらふらしてた?

ふらつきで分かるもの?

もしかして痩せた?やつれた?

それほど外見が変わった…?

でも、まだ数日。

私の様子がおかしい?

誰から言われたの?

もしかしてお兄ちゃん…?


グルグルとよく分からない事が頭で回る。

頭が集中できていない。

素早く答えが見つけ出せない。

不思議で、不思議で。

壱成さんの存在自体が不思議でならない。



「…前から、不思議に思っていたことがありました…」


「うん?」


「わたし、それほど目立ちますでしょうか?」


「え?」



それほどふらふらしていますか?



「…人混みの中でも、壱成さんはすぐに私を見つけます。それが今まで不思議で…。壱成さんのように背も高くないですし、」


「うん」


「…どこだろう?と、キョロキョロと探したりしないですから」


「あんたを探さないってことか?」


「…探さないというか、すぐに見つけるというか…」


「俺はいつでもあんたを探してるよ」



いつでも探している?

それはどういう意味か。

壱成さんは、私を探したりなんて──



「──…俺はずっとあんたを探してた」



壱成さんが何を言っているのか分からないのは、私の脳の糖分が足りていないせいか。



「それが、…先程の答えですか?」


「答えというか、あんただけしか見てないって意味」


「壱成さん……」


「うん」


「私が今ここで…、」


「うん」


「…会いたかったと言えば怒りますか?」



壱成さんの顔が見れない。

それでも分かったことがある。壱成さんと私の距離が縮まった。なぜなら私の視界の中に壱成さんの靴が入ってきたから。


耳鳴りの中、ジャリ…とした壱成さんが靴で砂を踏んだ音がしたような気がした。



「俺が約束を破ってあんたに会いに来た。怒られるのは俺の方だ」



怒るはずない──…。

優しい壱成さんに、怒ることなんてひとつもない。だって私を心配で来てくれたんでしょう?



心配で…。



「…嫌いになるか?」



なるわけない。

でも、もう、私は──…。



「…食事が、怖いんです…」


「しょくじ?」


「それで、食べられません…」


「…いつから?」



優しいのに、壱成さんの声のトーンが変わった気がした。



「壱成さんと別れてから、ひと口も…」


「……あの朝飯から?」


「すみません…、だから1年後でも、壱成さんとの食事は行けそうにないです…。申し訳ありません…」


「そんなことはいい」



…そんなこと?



「何も食べられないのか?」


「……それは、コンビニなどでという意味ですか?なら、無理です…」


「…飲み物は…」


「水道水しか…」


「あの朝飯から?」



小さく頷けば、壱成さんの体が動いたような気がした。「だから…」と、小さな壱成さんの声が聞こえて。



「…薬が入ってるかもしれないから?」


「…はい」


「あんた自身が、作ろうとしても?」


「…鍋などに、入ってるかもしれないと思うと…」


「……」


「ごめんなさい…」

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