第36話

お弁当も用意されていたけど、持っていけなくて、さすがにお腹が空いてたまらなくお兄ちゃんから貰ったお金を自分の財布の中に入れた。


学校へ行く前コンビニに行き、久しぶりにおにぎりが並んでいる棚に向かう。たくさんの種類があるおにぎりの棚。

私の好きな昆布のおにぎりに手を伸ばそうとしたけど、一瞬、冷や汗が流れその手は止まった。


──もしお母さんが、このおにぎりにも薬を入れていたら……。

まさか、ありえない。あるはずない。これは新品未開封のコンビニの商品。入れられるはずもないし、私が食べるって分かっているようなそんな考え、ありえないに決まってる。誰かが食べるかもしれないのに。ありえない、ありえない、ありえないのに。

手を伸ばせない。

もしお母さんが注射器で薬を混入していたら…。この店で売っている飲み物さえ。



お金があるのに、お腹がすいているのに、──買うことが出来ない。

青ざめたままコンビニを出た。もう空腹で倒れそうなのに。



唯に顔色悪いと言われ、本当にふらふらだったから、保健室で休むことになった。

休めば少しだけ空腹の辛さは無くなって、学校が終わったあと、お兄ちゃんから貰ったお金で山本さんの服とブランケットをクリーニング屋に預けた。



帰っきたのは4時半。お腹がすいて仕方なく、また綺麗に洗ったコップで水道水を飲んだ。


3杯飲んだ水道水が入っていたコップを見て、本格的にまずいと思った。私の体はご飯を食べられなくなっている──…。


もしかしたらこれは拒食症というのかもしれない。いや、でも、そういうのはダイエット目的でするはず。

何が入っているか分からないという、怖さのせいで食べられないというのも拒食症なのだろうか?

精神的なものだろうか?





「お前、飯食ってる?」


お兄ちゃんにそう言われたのは、朝だった。最近食べている姿を見ていないからか、もしかしたら私の外見が変わったからかもしれない。



「なんかやつれてねぇか?なんかあったか?」



本当のことを言って、お兄ちゃんに心配かけるのも…。



「…大丈夫」


「大丈夫じゃない顔だろ。まさかまた薬…」


「違う、薬じゃない。それは本当に違うよ」



だって私は何も食べてない。

もうお腹さえ鳴らない。



「…遅刻するから、行くね」


「送ろうか」


「大丈夫」


「…おい」


「大丈夫だから…」



本当は全く大丈夫なんかじゃない。

もう、私は自分自身で行動できるのだから、自由なのだから、1人で何とかしないと。

そう思うのに頭に糖分が無いせいか、頭が上手く回らない。睡眠不足がずっと続いたような感覚だ。


──最後に食べたのは、いつだっただろう?

いつ、いつ、いつ?

いつ──…、ああ、そうだ、壱成さんとホテルに行った時だ。あの時の朝食は美味しかったなあ…。


あの朝食なら、食べられるのだろうか…。



歩くのも足が重く、全く足が上がらなかった。本当にとぼとぼという表現が正しく、ほんの何百メートルの距離が何キロもある感覚だった。

糖分が頭に回ってない。

今見つめているのは青信号のはずなのに、何故か立ち止まってる。どうしてみんな青信号を渡っているんだろう?なんて、よく分からない事を考え込む。

ああ、そうか、歩いていいのかと思った時には信号が点滅して赤信号に変わっていた。



学校の下足室では、あれ、上履きはどっちだろうと、考えてしまった。今から教室に行くのだから…今はいているのは外靴だから…なんて、ダラダラしているうちに予鈴のチャイムが鳴った。



本当にどうしようもない。




「──ダイエットしてるの?」


昼休みも何も食べない私に、唯が不安そうに聞いてきた。頭が考える事を拒絶していて、あまり〝ダイエット〟の意味が分からなかった。


ダイエット、ダイエット、ダイエットと、意味を考えた。ああ、痩せることを目的とした行為の事だ。


ダイエットなんてしてない。なんなら食べたい。それでも何かが入っていると思えば食べることができない。



「最近、何も食べてないよね」


「──」


「…大丈夫なの?」


「──」


「佳乃?」


「──…あ、…なに?」


「保健室行く?一緒に行くよ?」


「──」


「佳乃」


「…──」


「ね、行こう、横になろ?」



唯が私の肩を支える。

唯に返事をしないと。



「…クリーニング…」


「え?」


「…いつ取りに行くんだっけ?」


「何言ってるの?」



何言ってるんだろう。

私にも分からない。



「どうやって会えばいいんだろう…」


「誰かと会うの?この前言ってた駅の人?」


「…名前と高校しか知らないの…」


「高校どこか分かったの?」


「…ごめん唯、ちょっと横になりたい…」


「うん、保健室行こう。ほんとに顔色悪いよ」


「──…」



もう何も考えたくない。

昼休みの間だけ寝かせてもらって、午後は授業を受けた。私を心配する唯に何度も大丈夫と言ったような気がする。あんまり覚えてない。


──学校の最寄り駅につき、ホームに行くために階段を使う時も、ふらふらして手すりを持つのに必死だった。手すりから手を離すと、このまま下に落ちていきそうで。

電車に乗った。

家の最寄り駅についた。

頑張って電車から降りたものの、足が重すぎて動けなかった。お腹ではずっと鳴らなかった空腹特有の音が鳴る。久しぶりにお腹が鳴ったような気がした。

この音が消えてしまうと、本当に私の体はまずい気がする。

このまま餓死で死ぬのではないか、なんて思ったりして。

せっかくお兄ちゃんが、私のためにお母さんとお父さんに言ってくれたのに──…

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