第63話

運転手は車に乗ったまま。

きっと私たちの会話は聞こえていない。



「…意味が分かりません、…ほんとに遅刻します、…」



柚李を無視して顔を逸らし、車の方に行こうとすれば、「待て」と、柚李がグッと、私の腕を強く掴んできた。

いきなり掴まれた事に驚いた私は、もう一度慌てて柚李の方に顔を向けた。



柚李は瞼を閉じると、何かを決心したような顔をして、ゆっくりと瞼をあけ。

薄い唇を開いた。



なに?



「──…この前の土曜、お前が正式にNOAHノアの姫に決まった」



のあ…?

ノアってなに?

ノアの姫?

え?

正式?



「…なんの、話ですか…」



私は〝姫〟でしょう?

正式ってなに?



「お前、流雨に選ばれたけど、付き合ってるわけじゃなかっただろ」



選ばれた…

流雨のお気に入り…。



「姫は姫でも、まだ〝仮〟だった…」



仮?



「付き合わないと〝正式〟に姫にはなれない。お前ずっと流雨のこと嫌がってただろ?」



付き合わないと…?



「でもお前は流雨を受けいれた、…女になった。その光景は族の奴らも見てる、…言い訳できない…」



族の奴らも見てる…。

私が流雨を受けいれ、嫌がってない光景を。



「分かるか?」



分かる?

なにが…。



「もう本格的に逃げられなくなった」



逃げられなくなった…。



「総長の晴陽が女を作ってお前を降ろすか、流雨が別れるって言わない限り姫は降りられない。お前がやめたいって言ってもやめられない」


「……ま、まって…」


「…これが晴陽に脅されて付き合った、なら、まだやり直せるかもしれない。…だから、」


「仮ってなにっ、?! 私は〝姫〟でしょ?!だから──っ…」




だから、あの魔窟に──…

毎日毎日毎日毎日毎日毎日。



頭が恐ろしい程、パニックになり。



「私は〝姫〟じゃなかったの…?!」


「いや、姫だった」


「仮ってなに…っ、集会もいった、護衛もいるっ、それなのに…!!」


「月」


「仮なら、わたし、あの部屋に行かなくて良かったってこと?!」


「…そうだな」


「じゃあどうして…!!」






ああ、そうか、それで…。


──…晴陽の思惑に気づいた私は、息が出来なくなった。



晴陽は、このために…。



私を〝正式〟にするために。




「仮と、正式は……、どう、ちがうの…」

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