第62話

流雨は甘い、初めに会った時と比べるとすごくすごく甘やかしてくる。

優しいというよりも、甘やかすという表現が正しく。

本当に私を溺愛してるらしい流雨…。



溺愛といっても流雨の場合は、私がザリガニを知っていたからで。もしザリガニのことを気持ち悪いって言えばどうなるんだろう。



また〝便器〟に戻るのだろうか。

きっと溺愛は無くなる。

怖い流雨に戻る…。

怖い流雨に戻れば私はどうなる…?

また弄ばれるのかな…。


そうならないためにも流雨を私に懐かせなければならない。

晴陽との約束もある。

破れば私の送り迎えを柚李に変えられる…。


唯一私に優しくしてくれた柚李のためにも…。


私は流雨の彼女になった。



きらい……。



流雨はきらい。



だけど、晴陽はもっと嫌い。



大っ嫌い。





次の日の朝、体が鉛のように重くて、昨日の流雨の行為を思い出しながら学校の用意をして家を出る。


出た先には、いつも通りの柚李の姿があって。

目が合わないように視線を下に向けて重い足を動かし近づけば、



「…おはよ」



一瞬にして重い体が軽くなった気がした。



やけに穏やかな声。

いつも低い声なのに。

安心する。



初めて〝おはよう〟という朝の挨拶をしてくれた柚李に心が踊り。


この前、酷いことを言ってしまったのに。



どうしてこの人は──…



「ちょっと話がある…、学校、遅れても平気か?」



私は流雨を選んだのに。

とっさに、髪で首を隠すように髪をまとめた。




「…私は無いです…」


「なんで流雨の女になった?」



なんで?

晴陽との交換条件が、流雨に抱かれることだったから。流雨の女になって、流雨私に懐かせなければならなかったから。



「…無いです…話なんか」


「晴陽にやられたからか?」


「無い…」


「流雨と付き合わねぇとずっと犯すって言われたのか?」


「私言いましたっ、勘違いするからっ…」


「言われたのか?」


「っ、やめてください…」



理由なんか言えるわけない。



「お前を見てれば流雨を好きじゃない事ぐらい分かる…晴陽に脅されたとしか考えられない」


「やめて…」


「…なんで言わない?」


「遅刻します…」


「なんで、流雨の女になった…?」


「柚李さんに関係ない…」


「大ありだよ、俺はお前の近衛なんだから。危険なことはさせられない」


「……」



近衛…。柚李の仕事。

静かに息をはいた柚李は、「……言ってくれ、晴陽に脅されたっていえば、それ相応の対処ができる。無効にできるかもしれない」と、それを告げる。



相応の対処?

無効?



意味の分からない事を言う柚李に、視線を向ける。柚李はやっぱり難しい顔をしていた。

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