第35話

「きらい、…」


「知ってる」


「ほんとに、むり、」


「怒らないって約束は守ってあげようか?」


「っ…」




ジワジワと、その人の制服に、涙が染み込んでいく。だけど彼は抱きしめる力を緩めない。



「交換条件、な」


「きらいっ…」


「ナナをやめるかわりの、交換条件」



交換条件も、晴陽のプランの1つのくせに…。



「…っ、ふざけないで…」


「じゃあずっとナナ。これからも」


「……やめてよ…」


「〝お優しい〟なお前も。柚李に似て…」



私の頭を抱きしめながら、ポツリと呟いた彼は──…





「…──流雨に、抱かれてこい」





恐ろしいことを口にした。


思わず、体が固まる。


何を言ってるの…、と。


流雨…?

抱かれる?



「流雨とやって来てよ。もちろん合意の上で。泣いてやったらそれは条件にはなんねぇから」




合意の上…?

泣かず?

柚李を早い時間に家に帰すために、私は流雨に抱かれろと…?



「…や、む、…むり…」



顔を上げ、ぶんぶん、と、顔を横にふれば、意地悪そうに笑みを浮かべている男がいて。



「いやなら、ナナが引退するまで弟とは遊べない。土日も。可哀想にな?」



私が柚李の弟の事で悩んでいることを知っている晴陽…。



「…どうして、流雨さん、なの…」


「お前を流雨の女にするため」


「え…」


「お前、流雨の女なのに、ナナに懐いてんのはおかしいだろ?」



流雨の女なのに…。

柚李に懐くのはおかしい…。




「もうしないっ、柚李さんとも喋らないっ、お願いだから条件はやめて…」


「そんなに嫌?」


「いやっ、…」


「でも駄目」


「流雨さんはやめて……」


「怒るよ?」


「怒っても、…無理なものは…むり」


「んじゃナナ」


「泣かないでするなんて、…できない…」



今でもこうして、泣いてるのに…。



「流雨と仲良くするから…」


「男女の関係で仲良くなってね」


「はるひさん…」


「まあ、流雨とやって気持ちよくなかったら、あとから俺がやってもいいよ。相性はまあまあいいみたいだし」


「こわい…」


「んじゃ俺で慣らす?今から。好きでもない男となんか普通にできるように」





──ギシ、と、音が鳴った。


今度は大きく。


ベットの上に私を押し倒した晴陽は、「どーすんの」と、声のトーンを低くし、冷たく私を見下ろした。

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