第20話

たぶん、私の目は泳いでいたと思う。

怒られる、と思った私は「だ、だめでしたか…」とそれを気づかれないように視線を下にむけた。



「ううん、だめじゃない。嬉しい」



だけどやけに甘い声が聞こえ、視線だけを上に、上目遣いで流雨を見つめればそこに本当に嬉しそうにしている、うっとりとした流雨の顔があって。



「俺もずーーーっと、月の事を考えてる」


「るうさん…」


「流雨でいいのに」


「…それ、は…」


「っていうか、どうして帰りの車ナナになったの?まるで俺の事避けてるみたい。どうして?」



だ、だって、嫌だから。

避けてるから。

どうしてと言われても。

賢く、賢く。

流雨が怒らないように、賢く──…。



「あ、の、」


「ん?」



流雨が怒らないように。



「わた、しも」


「うん」


「いっしょに、いると…」


「一緒にいると?」



すごくすごく、いや。

だけどそれを言えるはずもなく。



「るう…さんのこと、ばっかり、考えちゃうので……」


「え?」


「…だから、…ごめんなさい……」



どこからかフ…と、少し鼻で笑う音が聞こえた。その音は流雨じゃない。私の左側から聞こえた。


煙草を吸ってる人──…。



「ほんと? 一緒にいちゃうと月もずっと俺の事考えちゃうの?なにそれ幸せ」



にっこりと笑った彼は、膝を立てると体をおこし、「今日はキス我慢するね、月が体調戻ればするよ」と言い残し。


機嫌よさそうに水槽の方へと歩いていく後ろ姿を見て、ほっとした。

頭、うまく、賢く使えたようで。

心をなで下ろしていると、流雨に気づかれないように彼の唇が私の耳元にやってきた。

誰にも聞こえないように。



「やるじゃん、ナナに教えてもらったの?」



吐息が耳にかかり、煙草を吸っていたためか、嗅ぎなれた匂いがした。

その人を見つめれば少し意地悪く笑っていて、私はフイっと無視するように顔を逸らした。



「はやく俺の扱いもうまくなってよ」



なりたくもない、と。

ぐっと奥歯を噛み締めた。



離れていく煙の匂いに安心し、柚李の方を見た。柚李は私の方を見ずスマホをさわっていた。



険しい顔をしながら。

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