第9話

──家の前に、車が到着する。



それでも中々私は車から出れない。

出ることができない。



「っ、やめて、やめてください…、やめてっ…」



ハアハア、と、肩で息をし、その人を押す。泣いている私に気づいた彼は「ごめんね車の中は嫌だよね」と、服の中に手を入れずっと素肌の背中をなぞっていた指先の動きをとめ、ゆっくりとそれが出ていく…。



「はやく俺に懐いてね」



と、笑う流雨が、いつまで経っても怖かった。












〝姫〟という存在になってから、私の生活は変わった。

毎朝1人で学校へ通っていたのに、朝、玄関を出れば黒髪で目つきの悪い男の人がそこにいる。



彼を見て、いつもいつも、流雨じゃない、晴陽じゃない。御幸じゃないと、心を落ち着かせていた。



柚李は毎朝、私を迎えに来る。

〝総長〟と〝姫〟を守ることが仕事の柚李…。



家にいる時以外の、私の落ち着かせる時間は、この朝の時だった。


学校は陰口ばかりだし、放課後の部屋に向かう車は今から部屋に行くと思うと嫌悪感があって。

帰りの車内はもちろん流雨がいるから…。




「体調、大丈夫だったか?」



私を守ってくれているらしい柚李が、玄関先でそう言ってきて。

流雨以外の何から守ってくれるんだろうと考えていた私は、その人に対して頷いた。



「柚李さん…」


「乗れよ」


「…はい…」



車に乗り込み、少しだけ穏やかな心だったから。「……昨日、家に、帰ったんですか…?」と柚李に質問をする。



助手席に座っている柚李は「…ああ」と返事をしてくれた。


運転手は何も喋らない。だから私も運転手の名前は知らない。



「弟がうるさいんだよ、宿題みてくれって」



そう言って呆れたように、笑う柚李…。

本当に、この時間だけが落ち着く…。

多分、優しい柚李は私の気持ちを理解して、こうして返事をくれるんだと思う。



柚李も気づいているから。

この時間が、私のストレス発散なのだと。

精神を狂わせないための、時間なのだと。




──…放課後になると、人が変わったように、目を閉じる男…。




「仲良いんですね…歳、離れてるのに…」



宿題ということは、多分、小学生…。



「そうだな」


「…柚李さんと似てるんですか?」


「……似てないな」



似てない…。

こうして会話が出来るのは、4人の中で柚李だけ…。




朝の、この時間だけ──…

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