第8話
外はもう暗かった。
オレンジ色の空だったのに。
それぐらい長い時間、流雨にキスをされていたらしい。この人のキスは本当に長い…。いつもいつも、唇が腫れるぐらい重ねてくる…。
実際、私は流雨にしかキスをされたことがないから比べるものは無いけど。ドラマや映画で見る限り、これが〝普通〟ではないことは分かる…。
流雨は車に向かって歩く最中も、左手は私の鞄。右手は私の腰を持ち。「かわいいかわいい」と歩きながら頬や頭に何度も何度もキスをしてくる。
周りにたくさんの人がいるのに…。
「お疲れ様です!」と言い柚李の時よりも頭を下げる彼ら達を、当たり前のように無視する流雨は、「体調悪いっていうの、ナナじゃなくてこれからは俺に言ってね?」と私に向かって可愛い笑顔を見せてきた。…童顔の男。だけど性格は本当に狂ってる男…。
それを知っている私は、顔を下に向けた。
そうすればまた、頭にキスをされた。
車の中も変わらない。
柚李は助手席に乗る。
そして流雨は私の横に乗る。
行きと帰りとの、嫌悪感の差が、凄まじく。
「病院、連れていこうか?」
それに首をふる。
もう帰りたい、ほんとうに帰りたい。
この人のそばにいたくない…。
「今日は俺のところ泊まる?体調悪いって聞いて月に何かあったらって思うと心配で頭おかしくなっちゃいそ」
「…大丈夫です」
「入院の手配しようか?」
「…大丈夫ですから……」
「それとも月の家に医者呼ぶ?」
「ほんとに、…寝不足なだけで…」
「寝不足なの?じゃあ内科? 精神科?それとも心療内科なのかな? 待ってね、今睡眠専門の病院に連絡するように言ってみる」
本当に、この人はおかしいと思う。
スマホを取りだし、どこかに電話をしようとするから。
慌てて「やめてくださいっ…」と、首をふる私に「でも、寝不足なんでしょ?」と流雨は不思議そうな顔をする。まるで自分は間違っていないかのように。
「き、きのう、ドラマ…みてて、夜、あんまり、寝てない、だけなんです…」
「そうなの? そんなに面白いドラマだったの?妬けちゃうなあ」
と、ふふ、と笑ってスマホの操作をやめた彼にほっとする…。
「寝不足な月もかわいいよ」
本当はドラマなんて見てない…。
あの部屋に行くのが嫌すぎて、眠れないの…。
そう言えば彼はどんな顔をするんだろう。
また、初めの頃のように、〝あんな目〟に合わされるんだろうか…。私を便器と呼んだ男…。
「るうさん…ほんとに、大丈夫ですから…」
泣きそうになりながら言えば、流雨は頬を赤く染めた。そのまま柔らかく笑った彼は、「流雨でいいって言ってるのに。なんでそんなに健気でかわいいの?ほんとに絵本から出てきたお姫さまみたい。だいすきだよ」と、私の家につくまで、また唇を深く深く、重ねてきた。
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