第二章 黒妖集



森林。


わたしと弓絃は屋敷を出てしばらく森の中を歩いていた。



「わたしたちの当番は北。南は綴と雲雀、西は青葉と朱莉、東は浅葱と伊吹が当番してるから心配しないでね」



わたしは複雑な草木を掻き分けて前へ進んでいる。


わたしの前を歩いている弓絃はふと何かを思い出したようにわたしに尋ねてきた。



「なーな。屋敷ガラ空きだけど大丈夫なの?」



弓絃はちらりとわたしを振り返りながらわたしにそう質問をする。


わたしは森の中を歩きながら答える。



「屋敷には八華やその関係者以外立ち入ることができない結界があるの。しかもその結界は外からも屋敷が見えないようになってて、八華や関係者は見えるけど他の普通の人や妖怪に見えないようになってるの。それに、召使いたちに守らせてるから問題ないわ」


「え!?召使いいたの!?」



弓絃は突然のことに驚いた声を上げる。


わたしは当然のように返した。



「いるに決まってるじゃない。どうして屋敷がいつも綺麗だと思ってるの?」


「あー……なるほど」



弓絃は納得しながらガサガサと歩いている。


わたしも後をついて行きながら歩いた。


そして目的地に到着した。


だが何故かそこは、風音もない、生き物もいない、静かな周りの景色だけが広がっていた。



「何もいない…?」


「おかしい。静か過ぎる。わたしの力が全滅するほどここまで効くはずないのに…」



わたしは必死に辺りを見渡して気配を探った。


近くに闇の気配はない。


何故?


わたしの力がここまでのこと、今までになかったのに…。


すると向こうからガサガサと音がした。


わたしと弓絃は慌ててそちらに視線を向けた。


何か来る…!!


弓絃はわたしの前に立ちながら刀を抜いて構えた。


すると。



「あれ?五十鈴様…!!」



その正体は綴と雲雀だった。


綴はわたしの姿を見つけると驚きわたしに駆け寄った。



「どうしてここに!?北に行ったのではなかったのですか?」


「わたしたちもさっきから北を目指して歩いてたんだよ!?」



綴の言葉にわたしは戸惑った。


弓絃も綴と雲雀の姿を見て刀を鞘におさめる。


するとまた聞き慣れた声が草むらの奥から聞こえた。



「あれ?姫様!それに弓絃さんと綴と雲雀まで!?」


「え、みんな!?」



青葉の声が聞こえた方を見ると、そこには青葉、朱莉、浅葱、伊吹もいた。



「えー、何これ?八華全員集合的な?」



朱莉は辺りをキョロキョロしながら何だか楽しそうにしている。


だが浅葱はとても楽しそうに見えない。



「それはないですよ。私たちはそれぞれ東西南北にバラバラに分かれたんですから」


「じゃこの現象は何でござるか…?」


「それが分かっていれば私も悩みませんよ」



伊吹の言葉に浅葱は頭を抱えながらそう言った。



「じゃ、オレらもしかして…知らず知らずのうちに日本…いや、世界を一周したとか!?そして中心地点にみんなが集まって…」


「いやいくら何でもそれはないと思う。青葉、もしかしてバカなの?」



青葉はショックと驚きが重なった表情でそんな事をぼやいた。


だが青葉のそんな妄想に雲雀はすっぱりと言葉で返した。



「ちょ、バカって!オレだって必死に考えてるの!雲雀の意地悪!!」



青葉は少々半泣き状態で雲雀に言った。


この二人、同い年なのになんでこうも違うんだか…。


わたしはふと弓絃をチラリと見た。


弓絃は何やら真剣に考え込んでいる。


何を考えているんだろ?


わたしがそんなことを考えていた矢先、弓絃が口を開いた。



「俺……世界一周するくらい足速くなったのかな?」



ここにもバカがいたとは…。


わたしは頭を抱えてしまう。


この人も青葉と同じことを考えていた。


わたしは思わず弓絃につっこみを入れる。



「あんたも真剣に悩まない!」



全くもう!


でも確かに、何でみんなが一カ所に来たんだろ?


だって方位だって完璧に北だったし、いくら何でも綴や雲雀とは逆方向、青葉と朱莉と浅葱と伊吹は斜め方向だし、絶対に会うはずがないのに…。


わたしたちが混乱していると、どこからか違う声が聞こえた。



「方角は合ってるのになんでみんな一箇所に集められてるんだろ?もしかして魔法か何かかな〜?だと思ったー?」



わたしはくすくすと笑いながら話す聞きなれない声に真剣な表情になり、静かに辺りを見渡した。


わたしたちは周りを警戒する。


どこから声が…!?


辺りを見渡したが誰の気配も姿もない。



「でも残念。それはハズレだ」



今度はまた違う声が聞こえた。


警戒しながら辺りを見渡す。


だが誰もいない。


すると急に強い風が吹きだす。


突然の風の勢いにわたしは目を閉じてしまう。


しばらくして風が止み、恐る恐る目を開けた。


すると上から人の気配を察知し木の上の方を見ると、四人の人影がそこにいた。


その四人は黒いマントを羽織っており、顔だけが見えている状態だった。



「だ…誰!?」



わたしがその人たちに問うとそのうちの一人、青碧色の瞳を持つ青年がわたしの前に降りてきた。



「初めまして花姫。闇の力を持つ呪われた姫君」


「!!」



その青年はわたしの前でお辞儀をしながらそう言った。


こいつ……何でわたしが花姫だって…。


わたしは拳を握り締めながらその人を睨みつけていると、弓絃がわたしの前に立った。



「何者だ、あんた?」



弓絃は刀を構えながらその男に聞いた。



「オレたち?そうだな。オレたちは黒妖集とでも言っておこうか。元は人間だがな」



その男はクククッと笑いながらそう名乗った。


黒妖集…?


聞いたことがない名前だった。



「オレの名前は蛛之坂劾。蜘蛛の妖怪と契約した者」



劾と名乗る男はマントから顔を晒す。


先程までマントで隠れていた髪が日の元へ晒される。


それは異様なまでに染まった紫色の髪で、ゆらゆらと太陽に照らされて光っていた。


蜘蛛の妖怪と契約した者…ですって!?


そんなことが可能だというの?



「あれー?劾さん自己紹介しちゃうんすか?…じゃ、ボクも!」



次に自分もと名乗りをあげた少年は勢いよく木から降りるとマントから素顔を晒す。


その少年、黒髪に金色のメッシュが特徴の山葵色の瞳を持つ少年は浅葱と伊吹の前に着地する。



「ボクの名前は鴉摩理久だよ。鴉の妖怪と契約した者。よろしくね」



理久と名乗る少年はヒラヒラと手を振りながら笑顔で自己紹介をした。


伊吹は浅葱の後ろに隠れ、浅葱も警戒している様子だ。



「じゃ俺も、空気読んで自己紹介いかなきゃいけないかな?」



同じく自分もと青年が木から降り、優雅に青葉と朱莉のところへ着地する。


木から降りるとその青年はゆっくりマントから素顔を晒すと、菖蒲色の瞳に翡翠色の髪を一つに束ねたその青年の顔がはっきり見える。



「蛇川朔弥。蛇の妖怪と契約した者。ま、一応よろしく」



朔弥と名乗る青年は微笑みながらそう自己紹介した。


後残るは一人。


あのマントで顔を隠している人物だけだった。


しかしその人は一向に下に降りて来ない。



「あのー。一向に下に降りて来ない人が一名いるんですけど」


「本当だ!どうしたんすかー?降りられないんですかー?」



朔弥と理久はそんな仲間を見て声をかけた。


だがその人は全然降りない。


するとそれを見ていた劾が口を開く。



「遊馬。お前も一応名乗るだけ名乗っておけ。減るもんじゃねえし」



劾がその遊馬という人物にそう言った。



「ゆうま…?」



雲雀はその名前を聞いて小さく反応した。


傍にいた綴はそんな雲雀の微かな反応を見逃さなかった。


その人物は劾に言われてか、ようやく木から降りると綴と雲雀の前に着地する。


そして顔を隠しているマントをそっと取った。


そこには銀色の髪に橙色の瞳を持つ男性の姿があった。



「狐崎遊馬。狐の妖怪と契約した者」



その男は表情一つ変えずにそう自己紹介をした。


その人物を見た雲雀は驚いた表情をする。



「遊馬………なの…?」


「……久しぶりだな。雲雀」



昔馴染みだろうか。


雲雀は言葉を失ったように相手を見ていた。



「どうしたんだよ、その髪。君の髪…黒色だったはずじゃ…」



雲雀はあまりにも衝撃的なことに戸惑っている。


髪…?


確かに人間なら髪の色は黒から茶色くらい。


でもこの人たちの髪はみんな…。



「知り合いか?」


「ああ。昔の友だった者だ」



遊馬は劾の問いにそう呟くと、雲雀の隣にいる綴に目を向けた。


綴は雲雀の隣で警戒しながら遊馬を見ている。


遊馬は綴を見ると雲雀に視線を送りながらこう言い出すのだ。



「まだその女と一緒にいるのか?」



遊馬は綴を睨むように見ている。


そんな遊馬の反応に綴が戸惑っていると、雲雀は綴を庇うように綴の前に立った。



「それが何?というかなんでつーちゃんを知ってるの?会ったことないよね」


「ああ。俺も会ったことすらないし話したこともない。だが知っている。そいつと小さい頃からずっと一緒にいるのもな」


「文句でもあるって言うのかよ。僕を置き去りにしたくせに…!」



そんな会話をする二人の間には火花が飛び散っているように見えた。


す、凄い威圧感…。



「お、おいおい。よせって雲雀!」


「そうです。挑発するための罠かもしれませんよ」



青葉と浅葱はそんな雲雀を見て止めに入る。


だが雲雀は珍しく引こうとしない。


そんな雲雀を見て綴は雲雀の腕を掴む。


雲雀は綴の掴む手を感じ取ると横目で綴を見る。


綴は雲雀に言葉ではなく目で視線を送った。


雲雀もそんな綴の視線で感じ取ったのか、少し落ち着きを取り戻した。



「ちょっとちょっと!遊馬さん!?どうしちゃったんですか?」


「遊馬らしくないよ」



理久と朔弥もそんな遊馬を初めて見たのか、止めに入った。


すると劾が遊馬に一言をかける。



「遊馬。今日は争いに来たわけではない。今はまだ待て」


「……ああ。すまない」



遊馬は劾にそう言われて冷静に戻る。


理久と朔弥とかいう人たちはこの劾って人に敬意を表している。


この二人よりも上と思った方がいい。


それと遊馬って人も劾という人の言うことを素直に聞いた。


どうやらあの劾という人が黒妖集の親玉と言って良さそうね。


わたしは心の中でそう確信した。



「今日は争いに来たわけではないと言いましたね?それはどうゆう意味ですか?」



浅葱はひとまず目的は何なのか、劾に警戒しながら尋ねてみる。



「どうゆう意味って、そのまんまの意味だ。オレたちはただ八華に挨拶しに来ただけ。戦いに来たわけじゃねえよ」



挨拶をしに来た…?


確かに見たところあの四人に殺意は感じ取れない。


今が戦えない状態なのか、それとも何か裏があるのか、罠なのか…。


どっちにしろ警戒は必要ね。


わたしは浅葱に目で会話をして浅葱も頷いた。


浅葱が次の質問をしようとすると、今度は弓絃が前に出た。



「あんたらの目的は何なんだ?」



このバカ!!


ここは目的がなんなのかを探るために一番警戒心を解かなきゃいけないところなのに、あんたが一番前に出ちゃいけないのに…。


それに目的なんてすぐに教えるわけない。


ましてや敵に塩を送る真似なんて、この人たちがするわけないじゃない。



「オレたちの目的?そんなの決まってる。花姫、あんたの闇の力が必要なんだよ。この魔黒刀の膨大な魔力、それ貰い受けるにはな」



意外とあっさり教えてくれた。


それもびっくりしたけど、わたしはそれよりも劾が持っている刀に目を向けた。


劾は紫色のラインが特徴の真っ黒な刀を取り出していた。


その刀を見てわたしは鼓動が胸を打つ。


あの刀には見覚えがあった。


わたしが幼い頃、厳重に保管されていた祠に母と見たことがあるもの。


何よりあの人は『魔黒刀』と言っていた言葉に現実に戻される。



「!!」



それを見た弓絃は目を見開いて凝視した。


そして手に力がこもる。



「それは…魔黒刀!?」


「あなたたち、それを何故持っているのです!?それは人が簡単に触れてはならない、手にしてはならないものですよ!」



わたしたちみんなはそれを見て凝視した。


あれは間違いない。


魔黒刀だ…!!


どうして?


あれは八華しか場所を知らないのに。


しかもあれが封印された場所には厳重な結界が貼ってあったのに。



「そんなんボクたち知らないし」


「第一、それは八華だけの掟でしょ?半分妖怪の俺らには関係ないよ」



理久と朔弥はクスクスと笑いながらそう言った。


この人たちは…っ!!


わたしが前へ出ようとすると弓絃が一歩前を出た。


弓絃…?


何か様子が変だ。



「……その刀……どうしてお前が持ってんだ?」


「は?どうして?何でそれを答えなきゃならないんだ?」



劾がそう言って首を傾げた時、弓弦の刀の刃が紅く染まって光りだす。


そして顔を上げ、瞳に光を宿すとこう言い放つのだ。



「どうして持ってんだって、聞いてるんだろうが!!」



弓弦は突然地面を蹴り劾に斬りかかった。


劾はすぐさま魔黒刀で弓弦の攻撃を受け止める。


二人の刀の刃が交わった瞬間の風圧は凄まじいものだった。



「…っ…!?弓絃!!!」



わたしは風圧を服の裾で防ぐと、大声で弓絃を呼んだ。


だが今の弓絃には全く聞こえていない。



「言えよ!!その刀、一体どこで!!!」


「何だ?こいつ…」



弓弦の瞳に光が増すと弓絃の身体がまた光に包まれた。


この光はあの時の試合の時と…!


あまりにも眩しい光でみんなが目を細めて見る。



「くっ!!光の力か…!おい、お前ら。ここは一旦引くぞ!」


「元よりそのつもりですよ」


「では皆さん。さようなら〜」



そして劾は魔黒刀で一気に弓絃を跳ねのけて、黒妖集と共に去っていく。



「待て!!!」



弓絃も後を追いかけようとした。


だがそこには奴らの姿はなかった。



「消え…た…?」



青葉は跡形もなく消えた黒妖集に茫然とする。


どうゆうこと…?


しかも魔黒刀が何故あの人たちの手に?


わたしは混乱した。



「待て!!!まだ話しは…!」



だが弓絃はまだ黒妖集を追いかけようとした。


弓弦は興奮しているのかまだ瞳に光を宿したままで、力を解放したままの状態だった。


それを浅葱によって止められる。



「よしなさい、弓絃!!後を追ったところで、敵があれを手にしてしまえば勝てる保障は…」


「そんなの嫌です!!あの刀は取り戻さなきゃいけない!!!」



浅葱は必死に弓絃を止めた。


だが弓絃は一歩も引こうとしなかった。



「落ち着いて。どうしたの弓絃?いきなりそんな…」



そんな弓絃を見てわたしも慌てて止めに入る。


どうしちゃったの、弓絃?


さっきまで平然としてたじゃない。



「あの刀は取り戻さなきゃならないんだ!!だってあの刀は、あの刀は…っ!」



弓弦が言いかけた時、弓絃の瞳から力が抜けるように光が消えた。


すると弓弦の身体はフラッと崩れ落ち、そのまま気を失って地面に倒れたのだ。



「ちょ!弓絃!?しっかりして!!弓絃!!!」



わたしは必死に彼の名前を呼んだ。


だが彼は全然動かない。


そして弓絃の視界は暗闇に飲まれて意識を失った。


 

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