第二章 弓弦の願い



夕方、古清水家。


屋敷の中に夕暮れの光が部屋照らし続ける。


弓絃の部屋を覗くとそこには先ほど倒れていた弓絃が眠っていた。



「…っ…」



弓絃は夕日の光で目が覚め、目をゆっくり開ける。


そしてぼーっと天井を見上げている。



「あ、起きた?」



近くで様子を見ていたわたしは、弓絃が起きた事を確認すると声をかける。



「ここは…俺の部屋…?」



弓絃は辺りを見渡しながら自分の居場所を確認した。


まだ目覚めたばかりで意識ははっきりと回復していないようだ。



「あなた、あの後急に倒れちゃったのよ?光の力をあんなに使って…あれ前見た時より更に光ってたわ。それに興奮していて気づいていなかったのかもしれないけど力を解放したままだったし、力の使い過ぎはよくないって教わらなかった?」



わたしは苦笑いをしながら弓絃にそう言う。


わたしたちは力を発動する時、身体から発動したと分かるように瞳には光が宿る。


そこから共鳴するかのように自身の武器にその力が伝わる。


そして武器から力を発することができるのだ。


もちろん武器を持たずに力を発動することもできる。


元々わたしたちの身体に力が宿っているわけで、武器はその付属といった形なのだ。


力を発動させない時は瞳からの光は消えている状態なのだ。


慣れている力なら発動したままでも負荷は生じないが、今回の弓弦のように慣れない力を出したままにしてしまうと倒れてしまうケースが多い。


それだけ重要なのだ。


弓絃はぼーっとしながら天井を見上げる。


そしてしばらく黙っていると、少し落ち込んだようにわたしに謝る。



「………ごめん」



突然の言葉にわたしはすぐに弓絃にこう返した。



「謝らないでよ。あなたのおかげで敵が追い払えた。感謝してるんだから」



わたしが敵という言葉を聞くと、弓絃は反応してガバッと起きた。



「敵…!!そういやあいつらは……っ!?」



弓絃はいきなり起き上がった。


だが光の力を使い過ぎた影響により頭がフラッとして突然の痛みに襲われ、頭を抑えながら少し体勢を崩す。



「ちょ…寝てなって!!あなたの身体は今安静にしてないといけない状態なんだから」



わたしは慌てて弓絃を布団に休ませる。


そして弓絃も理解したのか潔く安静にした。



「う、うん。ごめん…」


「……ちょっとじっとしてて」



わたしは弓絃の額にそっと手をかざした。


わたしの瞳に光が宿ると、水色の光が弓絃の額に集まる。


暖かく包み込むように。


優しい光が弓弦の額に集まっていく。


しばらくその光は光り、五十鈴が手を離すと光は消えた。


そして五十鈴の瞳からも光が消える。



「あれ?痛く…ない?」



弓絃は痛みがなかったことに驚いた。


何度も何度も自分の額を確かめる。



「これは痛みがおさまるまでの気休め。後はあなたが大人しくしてればの話しだけどね」


「今のは…治癒?」


「そう。これが花姫となった証。癒やしの力。わたしの水の力は傷を癒やしたり、痛みを癒やしたり、毒とか呪いとかを浄化させることができるの。あとは母の力を受け継いだせいか、少し未来の透視ができるくらいかな…?」



五十鈴は自分の手を見ながらそう語った。


水の力はみんなみたいな戦う力ではなく、癒やす力。


洗い流すって言った方が得策かな?


透視の力は実の母が得意とする能力であり、言わば千里眼というやつだ。


わたしもまだ才能が開花しておらず、ほんの少しだけだがそれが使えるらしい。


母は現在もその力により人々の役に立っており、現在は古清水の実家により移り住んでいる。


この屋敷に訪れることは滅多にないが、何かあるとたまに手紙で知らせてくれる。


悔しいけど、優秀な人なのだ。



「わたしってほら…花姫でしょ?みんながわたしが花姫だからって護ってくれる。でも…わたしはそれが嫌だった。わたしは母みたいに見鬼の才がないけど、弓は得意だった。だから弓を極めてきた。でもわたしの力が強いせいか水桜はそれに耐えきれなかった…。幸い水桜はわたしのほんの微量の水の力に反応して技を発動してくれる。それで何とか不穏な力に対抗することができるけど、みんなみたいに力を全力で武器に乗せて発動できない。何度も試してみたけど、できなかったの…」



私は自分の手を胸に当てながら少し手が震えた。


戦えないお姫様は嫌だ。


みんなが必死で戦っているのに自分は高みの見物なんて。


だからわたしも戦いの場に行く。


けれど…技が全力に出せない分リスクが大きい。


わたしはただの足でまといなのだ。



「闇の力は?闇の力は乗せられないの?」


「それも試した。でもすぐ力が破裂する。闇の力が強すぎるの。この闇の力がある限りわたしは…普通に弓を放つしかできない。あの劾っていう人の言う通り、この闇の力は…呪われた力なの…」



わたしは手を床につき、拳を握り締めながらそう言った。


この自分の闇の力がわたしは好きになれなかった。


こんな力なくしてしまいたいと何度も願った。


けれどそれは叶わなかった。


いつもみんなの後ろで護られて、それがいつも悔しかった。


わたしだってみんなを護りたいのに、見てることしか出来なくて。


でもわたしはただのお飾りでしかない。


わたしが花姫だから…。


すると弓絃の手が震えたわたしの手の上にそっと重ねてきた。


わたしはそんな弓弦を顔を上げて見る。



「俺が護るよ。五十鈴を。だから心配すんな。弓もさ、練習すりゃ力乗せられるかもしれないじゃん?だから練習しよう。俺も付き合うからさ!そう簡単に諦めるなよ」


「弓絃…」



弓弦は真剣な眼差しでわたしにそう言った。


わたしは弓絃の言葉にポロッと涙がこぼれ落ちた。


諦めなきゃ…か。


本当に弓絃って。



「本当あんたって、ほんと…」



わたしはそう言うと笑いがこぼれた。


そうだ。


諦めなきゃ必ず希望はある。


頑張ろう。


わたしはそう心に決めた。



「そういえばあなた、魔黒刀の名前が出た時急に表情が変わったよね?あれはなんで…?」



わたしがそう聞くと弓絃はまた表情を曇らせた。


わたしったらもしかして聞いちゃいけないことを聞いたかしら…?


わたしは慌てて訂正しようと口を開いた。


だが先に弓絃の口が開いた。



「俺の父は、魔黒刀を手に入れた何者かに殺された」


「…え…?」



それを聞いてわたしは呆然とした。


弓絃の父親が死んだ…?


魔黒刀に。


そんなの知らない。


それより、もしそれが本当なら魔黒刀はとっくに盗まれてたことになる。



「それ……本当なの?」


「ああ。先代の花姫様…五十鈴のお母さんの美鈴様が言ってた。それで父さんが死んでから火神家には跡継げるのは俺だけだったし。俺はまだそん時小さかったから、それを見兼ねた美鈴様が火神家に一旦休暇という形で八華から一時的に退いたんだ。そんで美鈴様は父さんが死んでから心の整理が必要だろうって言って、俺を二十歳まで火神家に置いていいって。そう言ってくれたんだ」



それを聞いてわたしは止まった。


わたしの母が…?


火神家にそんなことを…?



「あのバカ親!!よくもわたしに黙って…!」



わたしは腹が立った。


なんで…わたしにその情報がないの?


なんで黙っていたの?



「道理で急に弓絃を迎えに行けと……そうゆうこと?だから一旦火神家を八華から外したっての?そうゆうことはもっと早くに言いなさいよ!あの母親!!」



わたしは怒りをぶつけながらそう言った。


確かに火神家のことは不可解なことばかりだった。


光の力の持ち主がいなかったというのも引っかかっていた。


普通ならわたしが花姫に襲名した際、新しい八華が結成される。


その直後にパートナーの組み合わせが決まる。


パートナーの組み合わせは先代の花姫、つまりわたしの母によって決められる。


代々八華はそうやってパートナーを決めてきた。


そしてパートナーの片方が十五歳を迎えれば、自動的にパートナー同士で花姫の元へ送り込まれてくる。


本来花姫のパートナーは一番最初に決まり、優先されるべき存在。


新しい花姫が襲名されればすぐにこちらへ送り込まれてくるはずなのだ。


だが弓絃は送られてさえこなかった。


それどころか火神家の詳細のことをわたしに一切知らせなかったのだ。


わたしはそれに腹が立った。


本当あの母親、どこまで勝手なのよ!!



「でも、これでようやくはっきりした。弓弦はこれからどうしたい?」



わたしは弓絃に向かってそう質問する。


ここまで知った以上、わたしも知らなきゃいけない。


弓絃がどうしたいのか。


わたしはそれを聞く権利がある。


成し遂げる義務がある。


そう思って弓絃に問いかけた。


すると弓絃は拳を握りながらこう返した。



「俺は…あれを壊す。そして父さんを殺した犯人を探して仇を取る。あれはこの世界に出ちゃいけない。何であんな奴らの手にあるかは知らないけど、けど絶対見つけ出してみせる!絶対に!!」



わたしは弓絃の目を見た。


揺るぎない真紅色の瞳がわたしを捉えて映しだす。


弓絃は本気だ。


本気であれを壊そうとしているんだ。


わたしは弓弦からそう感じとった。



「目的は同じ…か。ま、蘇ったからには壊すしかないよね」



あれを放っておけば確実に江戸は闇の中。


そうなっては多くの死人が出る。


そんなことはさせない!


それを止めるにはもう破壊しかない。


そしてわたしは弓絃に手を差し伸べる。



「改めてわたしから申し込むわ。弓絃。あれをわたしと一緒に破壊して。もうこれ以上被害を出さないために。悲しむ人が増えないように…」



わたしも戦う。


誰も死なせないために。


この世界を護るために。



「…ああ!こちらこそ!!」



弓絃はそうしてわたしの手を握り返した。


止めよう、あの魔黒刀を。


絶対に!!


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