第一章

新しい賢者


江戸の町。


昼時であって店や人盛りで賑やかになっている。


物を売る者、物を買う者、人と話す者、遊び回る子ども。


みんなが平和に暮らしている。


そんな賑やかな町並みに何やら不穏な噂が立っていた。



「やだ、人斬り?」



その一言にその場の周りが少しざわめいている。


みんなはその話しで持ちきりでいる。



「そうなのよ。近頃夜に人が次々に斬られているらしくてねー」


「その人の首元にはみんな蜘蛛の形をした痣が残っているのよ」



若い女たちもその話しで持ちきりのようだ。


女たちは町中の茶屋の近くでその話をしている。


その死体には必ず蜘蛛のような痣があると噂で持ちきりのようだ。


しかもここ最近ではその事件が頻繁に続いている。


物騒な事件である。


そんな女たちの話しを、近くの茶屋で団子を食べている若い二人組が耳を済ませて聞いていた。



「何それ?それって同じ人物の犯行なんじゃない?」


「そう。それでお役人の人たちも犯人を追っているらしいの」


「早く捕まってほしいわよね」



そう言って噂をしていた女たちはその場を後にした。


その女たちがいないことを確認すると近くで聞いていた先程の若い二人組のうち、一人の青年が口を開く。



「やれやれ。世の中も物騒になりましたね…」



胡桃色の瞳に黒色の艶やかな長い髪を琥珀色の組紐で右下に一つにまとめ、白と黒がベースの長いズボンの武装服に白いケープを羽織り、歩いているだけで人目を集めそうな顔立ちのよい青年がそう呟いた。


そしてその青年の隣にいる大人しめな少女も口を開く。



「……やはり、今回の件も…?」



青年と同じく白と黒がベースの短めのスカートのような忍装束姿に若葉色の幼げな瞳。


深緑色のマフラーで口元と首元を隠し、パーマがかかった赤茶色の髪が忍者帽からちらりと覗かせる。


その少女の言葉に青年は頷いた後、真剣な表情をしてこう告げる。



「その様ですね。あとで姫様に報告しなければ…」



青年はお茶を飲みながらふう…と一息つく。


すると少女は青年のある言葉に対してこんなことを言った。



「浅葱。姫様の名はここでは禁止です」


「おっと失礼。でも伊吹。あなたもその名を口にしていますよ?」


「あ…」



気づいた浅葱という青年は口をふと塞いだが伊吹という少女も同じことを言ったのに気づき、指摘する。


そして伊吹という少女もあわあわとしながら口を塞いだ。


顔立ちのよい黒髪の青年の名を浅葱。


忍装束を着ている大人しめな少女の名を伊吹という。



「まあ別にバレても困る名ではないですがね。今回はお互い見逃しましょう」



浅葱はそう言うと再びお茶を一口飲む。


お茶を飲んで一息ついた後、そういえばと浅葱はふと気になったことを口にする。



「にしても、何故あのお方は今日あんなに綺麗にしていらしたのでしょうか?」



あの方とは先程の姫様のことを指す。


今日は一段と綺麗に着飾っていたなと思い出したのだ。


それを聞いた伊吹が口を開く。



「今日、新しい賢者が来るらしいです。確か火神家…と聞くです」



その言葉に浅葱はぴくりと反応する。


そして少し何かを考えた後、口を開いた。



「火神家………ですか。何故今頃になって迎えるようになったのでしょうね?あの方の考えることなど分かりません」



浅葱は空を見上げてそう呟いた。


今日はとある場所でとある男が来るらしい。


その男が、その男こそが、八華の物語へと導く始まりの幕開けなのだ。


 

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