第二話 秋のコーヒータイムリープ
悠斗(ゆうと)は、いつも決まって秋の夕方になると、懐かしさに包まれるような感覚に襲われた。何度も繰り返し見る夢のせいだ。その夢の中では、赤く色づいた木々を眺めながら、誰かとコーヒーを淹れている。けれど、その「誰か」の顔はぼんやりとして思い出せない。ただ、秋の冷たい空気と暖かいコーヒーの香りだけが妙に鮮明だった。
ある日、いつものようにカフェでコーヒーを飲んでいると、見知らぬ少女が隣の席に座った。少女は淡々とした表情で、少し不思議な雰囲気を漂わせている。
「君、時間を戻してみたいと思ったことはない?」
突然の問いに、悠斗は驚きながらも応じた。「時間を戻す?それは…どういうこと?」
「君には、ある秋の日が心に引っかかっているでしょう?その時間に戻れるのよ。でも、その瞬間を変えることはできない。ただ、その時間をもう一度体験するだけ。」
少女の名前は楓(かえで)。まるでこの世の理を知り尽くしているような冷静さを持っている彼女の言葉に、悠斗はなぜか不思議と引き込まれてしまった。
「もし本当にその日へ戻れるなら、試してみたい。」悠斗は心の底からそう願った。
楓は静かに頷くと、指を軽く振った。次の瞬間、悠斗の視界がぼやけ、気づけば彼は自宅のリビングに立っていた。外の木々は赤や黄色に染まり、冷たい秋風が窓から入り込んでいた。これは、夢で何度も見た光景だった。
「ここは…あの日?」
キッチンには、コーヒー豆とケトルが置かれていた。悠斗は自然と手を動かし、豆を挽き始める。その香りが漂い始めると、彼の心に再び懐かしい感覚が押し寄せてきた。そして、彼の隣には、誰かが座っている気配があった。
「やっぱり君だったんだ。」悠斗はぽつりと呟いた。
声をかけた相手は、楓だった。彼女は夢で見た「誰か」そのものだったのだ。
「私がこの秋の瞬間に君を連れ戻したのは、ここが君にとって特別な場所だから。君は気づいていなかったけど、この瞬間が大切だった。」
悠斗は理解できたような、できなかったような気持ちで、ただ静かにコーヒーを淹れ続けた。ゆっくりと湯を注ぐと、コーヒーの香りがさらに広がり、秋の空気と絶妙に混ざり合う。時間が止まったような静けさの中で、悠斗は改めてこの一瞬を感じていた。
「この時間が、君にとってどんな意味を持つかは、君が決めること。でも、ただ過去を見つめるだけじゃなく、この時間を感じ取ることが大切なのよ。」楓は穏やかに言った。
「この瞬間が特別だって、今ならわかる気がする。」悠斗はそう答えた。何かを変える必要はなかった。ただ、この一瞬に立ち返り、その時間を感じることが、彼にとって何より大切だったのだ。
コーヒーを飲み終えた後、悠斗はふと目を閉じた。再び目を開けたとき、彼は元のカフェに戻っていた。楓の姿は消えていたが、コーヒーの香りだけが、まるであの日の秋の時間が続いているかのように漂っていた。
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