小春日和のリープとコーヒー
@garakiu333
第1話 秋に戻る
悠斗(ゆうと)は、いつも同じ夢を見ていた。それは、秋の夕方、木漏れ日が差し込む部屋でコーヒーを淹れている夢だ。夢の中の彼は、目の前にいる女性と会話をしながら、丁寧にコーヒーを淹れている。その女性は、長い髪を揺らしながら微笑むが、顔はぼやけていてはっきり見えない。
目が覚めるたびに、なぜか彼はその時間に戻りたいという強い感情に襲われた。そして、ある日彼はその願いが叶うことを知った。
「君には、特別な力がある。時間を跳ぶことができるんだ。」
そう告げられたのは、謎めいた少女、楓(かえで)だった。彼女は静かで、まるで感情を感じさせないような淡々とした声で話していた。悠斗は半信半疑だったが、どうしてもあの秋の夢のような光景にもう一度触れたくて、彼女の言葉に従うことにした。
「ただし、一度だけだよ。過去に戻って何かを変えることは許されない。その瞬間を感じるだけ。」
楓の指示通り、彼は目を閉じた。気がつくと、そこは夢で見たあの部屋だった。木々の紅葉が窓から見え、秋の冷たい風が外でざわめいている。窓際には、楓が座っていた。
「ここは…本当に戻ってきたのか?」
「ええ、ここは過去。そして私は、その過去の中の存在。」楓はいつも通り静かに答えた。
悠斗は深く息を吸い、キッチンへ向かった。手にはコーヒー豆があり、彼はまるで何度もやってきたように自然に淹れる準備を始めた。豆を挽き、ドリッパーにお湯を注ぐと、濃厚な香りが部屋に広がった。その香りは、彼が忘れかけていた過去の記憶を呼び起こすかのようだった。
「どうしてこの瞬間を覚えていたんだろう…?」悠斗は、自分自身に問いかけた。
すると楓が、初めて微かに笑みを浮かべて言った。「それは、この瞬間が君にとって大切だから。時間が流れても、この時間だけは心の中に残り続けたの。」
悠斗は、コーヒーを淹れ終え、楓の前に一杯を置いた。カップの湯気が秋の冷たい空気にふわりと溶け込み、二人はしばらく無言でその場を過ごした。
「この瞬間に、何か意味があるのかな?」悠斗は問いかけた。
楓は、カップを手に取り、一口飲んでから答えた。「意味を持たせるのは、君自身だよ。この時間は、ただの過去じゃない。君が大切にしたい瞬間がここにある。それだけで十分。」
悠斗はその言葉を噛み締め、再び目を閉じた。そして、次に目を開けたとき、彼は現代に戻っていた。
でも、何かが違っていた。コーヒーを淹れるときの手の感覚や、部屋に漂う香りが、彼にとって少しだけ特別なものになっていた。悠斗は、あの秋の夕方の時間を、永遠に心の中で大切にし続けることを決めた。
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