第53酒:竜討祭3・十二使徒おまえに名乗る名前はないさん。
竜討祭まで残り1週間が過ぎ、ジークフォレストは何処も忙しい。
だが逆に冒険者ギルドは閑散としていた。
竜討祭の前後1週間ほど休みになったからだ。
よって殆どの冒険者は警備の仕事がある以外は暇になった。
ホークの集いも例外ではない。
「は? 会えない?」
「そうだ。聖女様はお会い出来ない」
アーミスの訝し気な顔に黄金の鎧を着た男が答える。
ここはジークフォレスト聖堂。
仲間の聖女レリアが到着したことを聞いたホークの集い。
さっそくレリアに会おうとした。聖堂の受付で伝えると早速この男が現れた。
少し長い黒髪を後ろで軽く縛り、頭に羽が生えていた。凛々しい顔立ちだ。
年齢は20代前半か。若い。
鋭い目つきをホークの集いに向けている。
ルークが訪ねた。
「なんで会えないのですか」
「おかしいだろ」
「聖女様は現在、祈祷を行っている」
「仲間なんですけど」
「……仲間だ……」
「それなのに会えないって、おかしいだろ」
「承知している。確かホークの集いだったか。聖女様のパーティーというのは一応は聞いている。だが祈祷の時間は誰にも邪魔はできない」
「その後なら会えるんですよね」
「だったら待たせてもらおうか」
「残念だが待つことはできない」
「はあ?」
「……イミフ……」
「悪いが規則だ。だが聖女様の元仲間のよしみで、伝言は伝えよう」
「ちょっと、なによそ」
「わかりました。それなら伝えてください。『僕達は待っている』」
「分かった。伝えよう。用件は以上だな」
「ちょっとあんた」
「ならば去れ」
「なによそれっ」
「わかりました。あの失礼ですが、お名前は? 僕はルークと言います。ホークの集いのリーダーをしています」
「おまえに名乗る名前はない」
「はあっ?」
「おい」
「……なんだこいつ」
「…………」
「そうですか。わかりました。それではまた会いましょう」
その後、彼等はいつもの酒場で飲んでいた。
真昼間からだとまるでヘンリーみたいだが。
「ったく、なんなのよ。あいつ!」
ドンっと特大ジョッキでテーブルを揺らし、アーミスは怒りを隠さない。
「ま、まあまあ」
「気持ちは分かるけどな」
ログも落ち着いていたが怒りに満ちていた。
「……チョームカついた……」
「なにが『聖女様はお会いできない。ホークの集い? ああ、聖女様の……一応、来たことは伝えてやろう』だよ。あの悪趣味金ぴか鎧野郎が! 目つきが完全にあたしたちを見下してたの分かってんだよっ!」
アーミスは吠えてから特大ジョッキをイッキ飲みする。
ログがぼそっと呟く。
「あの金ぴか鎧の騎士。あれだろ。十二使徒ってやつだろ」
「教会の最強戦力だね。ひとりが黄金級冒険者に匹敵するといわれている。たぶんアサカン教区司教の護衛で、レリアの護衛も兼ねているだろうね」
「黄金級……それならあの飲んだくれクズオッサンの敵じゃないわね」
「……それはそう……」
「それはそうだけど、さすがのヘンリーさんでも教会と真正面から戦うなんてことしないと思うよ」
「まあ、オッサンには教会と戦う理由もねえからな」
「……でも会えないとは思わなかった……」
クルフの一言に重い空気が漂う。
「……」
「だよな……」
「ルーク。どう思う?」
アーミスが訪ねる。ルークは少し考えてから答えた。
「たぶん。このままだと会えないね。十二使徒のあのひとは僕達をレリアに会わせないよ。伝えるとか言っていたけど、まったく伝えていないと思う」
「だよな」
「……レリアはどう思っているんだろう……」
「レリアの意志とは関係ないね。あの十二使徒の独断だと思う」
「だよな……」
「じゃあ、あの悪趣味の金ぴかクソ野郎を倒せばいいのね」
「だよな……じゃねえよ。さすがにそれは違うだろ」
「……でも実力的に適わない……」
「それはそうだけど」
「ちくしょう。どうすればいいんだ」
「レリアに会う方法ならあるよ」
ルークはサラッと言った。
「あんのかよ」
「あるの?」
「……どうやって……」
「コネを使うんだよ。僕達には協力なコネがある。ディンダさんだ」
「あっ、そうか。姐さんに頼めばレリアに会える!」
「ディンダさんは竜討祭の主催だからね。断ることはできない」
「……さすルーク……」
「確かにそれならレリアに会えるわ」
「それと、もうひとつ。その十二使徒のひとに嫌がらせしたいと思わない?」
「嫌がらせ……なにかあんのか」
「うん。僕もね。ああいうの嫌いなんだ」
ルークは静かに怒っていた。
3日後。
ジークフォレスト聖堂。
十二使徒のひとり。冷閃のアレイストは憮然としていた。
ディンダはいい。今回の竜討祭の主役だ。
その横に居るのはホークの集いのルークだった。他の皆は見当たらない。
そして斜め後ろ横に酒瓶を手にしたチンピラがいた。
「あ? 相変わらずくせえところだなぁ」
「なんだあの男は」
「なんでござろうか。それで聖女レリア殿に会いたいのでござるが、おぬしは?」
「俺は十二使徒の」
「おまえに名乗る名前はないさんです」
やや大きな声でルークは言った。
「は?」
「ほう。おまえに名乗る名前はない。なんとも面白い名でござるな」
「違う。俺は」
「おまえに名乗る名前はないさん。またお会いしましたね」
ルークはにっこりと笑う。
「きさま……」
「ぶっあっははははははっっっっ、おまえに名乗る名前はないって、面白いな。いい名前じゃねえか。おまえに名乗る名前はない」
ヘンリーは笑った。なぁ、シスターのねえちゃんもそう思うよなっと声をかける。
聖堂に居た信徒たちも何人か笑う。
なお、オッサン係のテリ=マルタンの姿は無かった。
ギルドが休みであるので彼女も休みだった。
早速のオフ。テリは最近とことん運が悪いので礼拝することにした。
シスターに絡むヘンリーの斜め右後ろに凄まじい表情をする少女がいる。
そうテリだ。
それはどうでもいいとしてルークは畳み掛けた。
「おや、どうしました? あなたの名前は、おまえに名乗る名前はないさんですよね。覚えてませんか? 僕が名前を尋ねたとき、おまえに名乗る名前はないって言ったのはあなたですよ? それがあなたの名前で間違いないですよね」
「……そんな名前なわけないだろう……」
アレイストもといおまえに名乗る名前はないは、静かに怒り震えていた。
ここでルークを瞬殺するのはたやすい。だがここは聖堂だ。
十二使徒が殺人をするのは憚れる場所である。
場所ではあるが。
「じゃあ、なんでそう名乗ったんです? おまえに名乗る名前はないさん」
「……俺の名前は冷閃のアレイストだ。俺の礼を欠いた言動について謝罪する」
アレイストはルークに頭を下げた。
ルークは笑顔で頷く。
「わかりました。あなたの謝罪を受け入れましょう。アレイストさん。今後このようなことがないように祈ります。十二使徒の名に恥じないようにしてください」
「あ、ああ…………」
アレイストは心の中でルークをもう既に1000回は殺していた。
コイツは確実に殺す。そう決めた。後で絶対に殺す。
あとついでにそこのチンピラも殺す。絶対に殺す。ディンダは犯す。
「あ? なんだ。おいおい。金ピカ。十二使徒がそんな殺気放ったらダメだろ」
「は……いや放っていないが」
「ところでいつまで客を待たせるつもりでござるか」
「失礼した。聖女様の元に案内しよう」
アレイストは三人を案内するが途中でヘンリーがいなくなる。
好都合だと、アレイストはルークとディンダをまずレリアの部屋に入れた。
そして用があるとヘンリーを探す。居た。
勝手に厨房に入ってテーブルの上に座ってワインをごくごくっと飲んでいる。
まるで蛮族だ。アレイストは吐き気がした。
神聖なる場所に汚物がいる。
「貴様。何をしている」
「見りゃ分かんだろ。酒を飲んでいる」
しかも彼が飲んでいたのはアサカン教区司教に献上する貴腐ワインだった。
「神罰を下す!!」
アレイストは剣を抜いた。
妖刀・冷閃剣。絶対零度の剣先があらゆるモノを切断する。
彼の腕前もあり、その抜刀は常人なら閃光の瞬きすら感じない。
常人ならば。
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