第50酒:だがオッサンは逃げられない。


ヘンリーは絶体絶命に陥っていた。

絶体絶命になったのは初めてじゃない。それは生死をかけた戦いでも常にあった。

しかし人生において絶体絶命になったのは初めてだった。


「…………」


逃げたいが逃げられない。

彼の前にはメイド服を着た美女と美少女がズラリと並んでいた。


ディンダ。テリ。カナナ。アーミス。クルフ。シャーニュ。イシュカーナ。

ゴルドブルー(キャサリン)。


そうお馴染みの美女と美少女の面々だ。

全員、やや差異はあるが白黒のメイド姿であり、ある種の豪華絢爛さがあった。


ヘンリーは後悔した。

いや彼の人生は後悔の連続でしかないが、それでもこの後悔は格別だろう。

なんでこうなったのか。それは単純にヘンリーが悪い。








ホークの集いを救出した3日後。

冒険者ギルドでいつものようにヘンリーがカウンターで飲んだくれていたときだ。

オッサン係が板に付いたテリが呟くように言った。


「そういえばどうでもいいことなんですけど」

「あ? どうでもいいならそれでいいじゃねえか」

「そうなんですけど、それでも気になることがあるじゃないですか」

「あるが、それをあえてスルーするのが大人だぞ。乳くせえガキ」

「乳くさくない! なんなら嗅いでみるかオッサンっ!」


テリはぐっと自分の服の襟元を掴む。


「あ? あのなぁ、ちっこいの。そういうこと言うからガキなんだよ」

「グッ、反論できないぐやじい!」

「それで、なにが気になるんだ」

「メイド服でお酌ですよ」

「あ?」

「あんな約束をディンダさんが勝手にしましたけど、そもそも出来るんですか?」

「そうよ。出来ないわ!」


いきなり登場したアーミスが鼻息を荒くして勝ち誇る。

腰に腕をあててえっへんとする。


「あ? 生意気娘。他のガキどもは?」

「生意気娘はやめてって言ったでしょ。ほんとこのオッサンは……今日はオフよ」

「……オフなのに冒険者ギルドに何の用です?」

「別に、散歩の途中で立ち寄っただけよ」

「おまえ、まさかワーカーホリックとかいうやつか。その年でよぉ」


ヘンリーは憐れんだ。


「んなわけないじゃないっっっっ!!! ホントこのオッサンぶっ飛ばすぞ」


アーミスはキレた。最底辺の人間に憐憫される。

人としてこれほどの屈辱はない。


「ヘッヘヘヘヘヘヘッッッ、おっかねえな」

「ふんっ、オッサン。あんたは強いわ。それだけは認めてあげる。でもね。でもそれだけよ。あなたには強さしかない。それ以外は酒浸りのろくでなしのクズ。強さだけしかないのよ」

「……あー、おまえ言ったよな。メイドのお酌ができねえって」

「そうよ。まず人数分のメイド服。それとお酌が出来る場所。最低限、必要なことよ。あなたに用意できるの? できないでしょ」

「あ? もし出来たらどうするんだ?」

「出来たら、そうね。そんなことないけど、あたしをあげるわ。ついでにクルフも付けるわ!」

「なんで無関係のヤツを勝手に巻き込んで入れるんだここの女たちは」

「ヘッヘヘヘヘヘヘッッッ、言ったなあ。後悔すんじゃねえぞ。あといらねえ」

「なに言ってんのよ。出来るわけないでしょっ! いらないってなによっ!?」


そして現在。

ここはブルーメープルのVIPルーム。

もはやお馴染みの場所である。


「ば、馬鹿な……そんな馬鹿な…………」


アーミスは可愛らしいメイド姿で四つん這いになって絶望していた。

その横で同じくメイド姿のクルフが冷ややかな目で蹴りたいケツと呟く。


「なぜ、わしがこんな姿に?」


きょとんとゴルドブルーがメイド姿でぼやく。


「どうしてカナナ殿がここにおるでござるか」

「居るからよ。ディンダさん」

「おや某の事を様付けしていたような記憶があるでござるが」

「気のせいですよ。ディンダさん」


メイド姿のディンダとメイド姿のカナナはバチバチと睨み合っている。

それを見てテーブルに肘ついてニヤニヤするメイド姿のシャーニュ。

そして優雅にお茶を飲むメイド姿のイシュカーナ。


ヘンリーは決断した。


「よし。逃げるか」

「待てやオッサン!?」


メイド姿のテリが止める。


「あ? 軽薄はドア開けた瞬間に逃げたぞ」


ヘンリーはダメージを分散させようとした。

つまり男陣営の投入である。

しかし誘う前にルークとダグは姿を消した。


仕方ないのでヘンリーは軽薄ことダンディン=トレンディーノを誘った。

彼は疲れていた。竜討祭関連やらなんやらで疲れていた。

そんなときのヘンリーの美女がわんさかの誘い。乗らないわけがない。

しかも場所はブルーメープル。そのVIPルーム。


期待を込めてドアを開き、メイド姿のイシュカーナの笑顔を見て逃げた。


「娼館のVIPルームに雇用主の娘がメイド姿でいたら、そりゃ逃げわ。私もギルマスがメイド姿だったら逃げる」

「ギルマスって女なのか」

「あれ、会ったことないんですか?」

「ねえなあ。というかぶっちゃけ。もう女はいい」

「なんという言い草」

「つーか、なんで女が多いんだ? 俺、モテる容姿してねえぞ?」

「……はぁー、これだからオッサンは」

「あ? んだよ」

「そーいうんじゃないんですよ」


テリはジト目でベッと舌を出した。


「いやオッサンに女心とか分かるわけねえだろ……」

「―――というか、結婚とか考えたことないんですか」

「おまえ。今まで一番衝撃的なことを言ったな。どの悪口よりもキツイぞそれ」

「なんで結婚話で深刻なダメージ負ってんだこのオッサン。でも真面目な話。あの中で誰が好きなんです?」

「あー……まず、ちっこいのと、生意気娘とよく分からん娘は除外な。理由はガキだからだ。言わなくても分かるだろ」

「まあ、そりゃそうですね。生意気はアーミスで、クルフがよく分からん娘かな」

「そんで令嬢と爆弾娘も除外だ」

「ミールーン子爵家令嬢は分かるとしてそのメイドもですか」

「あいつ。辺境伯の実妹だ」

「へえー、そりゃ確かに除外って、え? 辺境伯の?」

「その辺はサラっと流せ。あと黒歴史女もだな」

「あっはい。それはゴルドブルーさんですね。年齢的には一番年上ですが?」

「そもそも、あいつは俺のことが好きなのか?」

「……まぁ巻き込まれているのは分かります……けど、本気で嫌だったら何かしらのアクション起こしますよ」

「そりゃそうだが……いいのかよそれで」

「私には何とも言えませんな。んで、お次がディンダさんと……つかもうカナナさん一択しかないのでは?」

「そもそも、だな。ギルドのねえちゃんは俺のこと好きなのか?」

「…………ご自分で確かめろオッサン」

「あ? いや、なんでこんな話になってんだ?」

「オッサンは誰が好きかってところからですね。というかそろそろ観念しましょう。視線気付いてます?」

「あ? おわっ、なんだおまえらっ! お、おい。生意気娘とよくわからん娘。なんで俺の腕を引っ張るっ? えっ、イシュカーナとシャーシュ。なんか笑顔が怖いっ! おいコラ、黒歴史女! 大量の酒をテーブルになんで並べて……いやそれは別にいいか。えっ、なんで俺が真ん中で? 面白ぇ女とギルドのねえちゃんも笑顔で、つーかおい。そんなにくっつくな! 特にギルドのねえちゃん。顔真っ赤になるなら無理するなっ! 令嬢と爆弾娘。なんで楽しそうに服を脱ぎ始め、ガキどもを嬉々として誘うな! 黒歴史女もきょとんとしながら従うんじゃねえ! 28だろおまえ! あ? おい、ちっこいの。傍観しながらニヤニヤ笑っているんじゃねえ。助け―――」


かくしてオッサンは逃げられなかった。


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