第49酒:BARマノす。そして伝説へ。
スペースゴブリン・グレイのアルファは驚愕する。
「なん……だと…………!?」
「ヘッヘヘヘヘッッッ、こういうのはよぉ。大抵コアをぶった切れば倒せるんだぜ」
「そ、それはそうだ。だがコアを見抜いたというのか……どうやって!?」
「へっへへヘヘヘッッッ、勘だ」
「なっ……勘……!?」
アルファは愕然とした。
「いやそれもうなぁ」
「言われたらお終いじゃない」
「たまに人の心を遠慮なく折りにくるよね。ヘンリーさん」
「……勘……」
「あのそんなことよりディンダさんのほう、苦戦しているみたいですけど!」
チュパカブラクイーンの触手のようなトゲに手足を拘束されているディンダ。
なんかこう色々な意味でピンチだ。しかし彼女の表情は嬉々としていた。
とても楽しいオモチャに夢中になっている子供ではなく、犬だ。
周りが全く見えてなく一心不乱にオモチャに夢中になっている犬そのものだった。
「ほっとけ」
「あれは放っておいても平気よ」
「じゃれあっている犬に絡むと大怪我するだけだよ」
「分かりやすいな。さすがルーク」
「……」
「それもそうですね」
テリも大概だ。
ヘンリーはアルファに聞く。
「おう銀ゴブ。酒はねえのか」
「酒だと……あるが」
「よし。案内しろ」
「は? 理解不能だ。何故、貴様の命令を我々が」
ヘンリーは無言で軽く剣を振った。
アルファの立ち位置から数センチ手前の床と壁に線が出来る。
「?」
そしてズンっと少しズレる。アルファは戦慄した。
「っ!?」
「あ? 銀ゴブ。なんか言ったかあ?」
「ぜひ案内します。こちらです!」
アルファは処世術を知っていた。
「もうなんでもありすぎじゃねあのオッサン」
「いまさらでしょ」
「……今更……」
「今更だね」
「今更では?」
「だよな。おっと、オッサンが行っちまう」
ホークの集いとテリは追いかける。
ヘンリーはアルファの案内通りに通路を進んでいた。
「おい。ちょっと待て」
「な、なんですか」
「こっちから酒の匂いがするんだが」
それはアルファが案内している手前の右側の通路からだった。
案内通りなら通り過ぎている。
「なっ」
「おう。銀ゴブ。二度目ねえぞ」
「い、いや、あの、つ、つい間違えてしまって、決して何か企むとかそういうのは」
「いいから案内しろ」
「わ、わかりました!」
アルファは右側の通路を進む。やがて見えて来た。
そこだけ何故か古臭い煉瓦の壁。青銅製のランプ。
蔦の絡まった格子窓。そして黒い看板。
そこに刻まれた錆び付いた文字。
そう、それはBARだ。
居住区のオアシス。BARだ。『マノす』とある。
クローズの札が掛かっている。何故ならBARは夜だ。
しかし今は夜だ。ならばBARはあいている。
だがクローズだ。BAR『マノす』はクローズだ。
「あ? 開いてねえぞ、おい」
「開店まであと1時間あります」
ヘンリーはドアを蹴破った。
「やっていることチンピラなんだよなあ」
「チンピラでしょ元々」
「チンピラですよこのオッサン」
「盗賊のアジトに入って酒飲んだっていうの本当かもしれない」
「……それがヘンリー……」
BAR『マノす』の店内は外見同様ガラっと雰囲気が一変していた。
薄暗く格式が高い感じで、ヘンリーも思わず困惑した。
「あ? なんだここは」
「BARでございます。お客様」
あらゆる酒がずらりと壮大に並んだ棚のカウンターにマスターが居た。
もちろん銀色のスペースゴブリン・グレイだ。
バーテンダーのユニフォームに身を包み、口ヒゲがあって眠そうな顔をしている。
グラスを磨いていた。
「……へえ」
ヘンリーは椅子に座った。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「おすすめを頼む」
「かしこまりました」
バーテンダーは棚から深い琥珀色の酒を取り出し、グラスに氷を削って入れて注ぐ。
流れるような、それでいて静かな手さばきだ。
ヘンリーの前にグラスを置く。
「こちらオールド4万7200年物になります」
「ほう」
ヘンリーはグラスを手にして、ゆっくりと口に入れた。
ごくっ。
「いかがでございますか」
「深ぇな…………俺は今もあの戦場にいるのか……」
「戦い疲れましたかな」
「……さぁどうかな。俺にもわからねえ……なあ、戦争はいつ終わる」
「……あなたのこころのままに……でしょうか」
ヘンリーはゆっくりと味わうように飲む。
その時間はバーテンダーとヘンリー。そのふたりだけのモノだった。
そして飲み干した。グラスが氷の音をたてる。
ヘンリーはカウンターに金を置くと席を立つ。
「ありがとうございます」
「久々に……酒の味をしっかりと感じた。味わえた。ありがとよ」
「光栄で御座います」
ヘンリーは満足そうに店を出て行く。
全員を置いてけぼりにして。
「えっなにこの空気?」
「なにがなんだかさっぱりわからねえぜ」
「まあうん。それでいいんじゃないかな」
「……大人になっても分かる気がしない……」
「いったいなんなんだあのオッサンとバーテンダー」
「…………我々には分かる気がする」
アルファは遠い眼をする。
「いや別にいい」
「いつまでいるんだこの銀ゴブ」
「ヘンリーさんを追いかけよう」
「もう早く帰りたいわ。ここは異常よ」
「……同意……」
「同じくですよ。まったくホントどうなってんの。私の人生」
めいめいにホークの集いとテリとアルファは店の外に出た。
「おう。おめえら」
ヘンリーが待っていた。
「帰るぞ」
「ってディンダさん放っておいて、いいんですか」
「あ? あれはあれで対処できるだろ」
遠くで戦っている音がする。建物も揺れた。
「なあ、崩れそうじゃね?」
「そういう危険もあるわね」
「じゃあ帰ろうか」
「……同意……」
「命に代えられないけど、なんか釈然としない」
「そうだな」
「いや銀ゴブは違うだろ」
こうしてヘンリーとホークの集いはエビルマウンテンを後にした。
それからエビルマウンテンは謎の爆発を起こす。
その後、オヤイ村は平和になった。
たまにチイジュンの森にチュパカブラと鳴く妙な生物が現れるが特に被害はない。
エビルマウンテンは今もある。
だが光る銀の円盤や銀色のゴブリンの目撃情報は無くなった。
そしてジークフォレストの街。
商業区の外れにそのBARはひっそりとあった。
そこだけ何故か古臭い煉瓦の壁で青銅製のランプが飾ってある。
蔦の絡まった格子窓。そして黒い看板。
そこに刻まれた錆び付いた文字。
BAR『マノす』とある。
「いらっしゃいませ。お客様」
そこには銀色のゴブリンに似たチョビ髭のバーテンダーがあなたを待っている。
きっと、ひとときの安らぎを与えてくれる心の一杯を置いてくれるだろう。
ここはきっと伝説になる。
そんなBARになる。
酒浸りのろくでなしオッサン、絶対に働かないと言ったら妹に村を追い出されたので旅に出る。 巌本ムン @takaom
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