第46酒:んじゃおまえらの奢りな。
一か所だけ薄い緑色の半透明な壁。
後は水色に近い壁に囲まれていた。壁には無数に白い細線が入っている。
「なんだぁ、魔法障壁か」
「なんでオッサンがここにいるの」
アーミスが不愉快そうに口を尖らせた。
「オッサン。久しぶりだな」
「ヘンリーさんまで捕まったんですか」
「……救世主キタ」
「おまえら。相変わらずだなぁ」
ヘンリーは言いながら酒を飲む。
若手の冒険者パーティー・ホークの集い。
剣士でリーダーだが気弱な天然少年ルーク。
皮肉屋で魔法使いの少女アーミス。
槍使いの生意気少年ログ。
狩人で弓使いの不思議系少女クルフ。
それと今は用事で離れているが、聖女と呼ばれる神官のレリアがいる。
「それあんたが言うな」
「こんなところでも酒飲むか普通」
「ヘンリーさんだけなんですか?」
「いいや。面白ぇ女とちっこいの。あ? あいつらどこだ?」
今更、居ないのに気付く。
「面白ぇ女ってディンダさん!?」
「マジか。ちっこいのって誰だ?」
「ゴルドブルーさんか」
「……それは黒歴史女」
「ああ、ちっこいのはなぁ。そりゃあ、ちっこいのだ」
ヘンリー。テリという名前を知らなかった。
「それでそのふたりはどこにいるのよ」
「知るか」
「このオッサン。ホントむかつく!」
地団太を踏むアーミス。ルークは苦笑した。
「まあまあ、これがヘンリーさんなんだから」
「なあオッサン。あいつらなんなんだ。あの銀色のゴブリン」
「知るわけないねえ。こっちが知りた……くもねえなぁ」
別に知ってもなあと興味ないヘンリー。
「そもそもあれはゴブリンなの?」
「さあなぁ」
とことん興味ないヘンリー。
あれがゴブリンだろうがそうじゃなかろうがどうでもいい。
これぞ。スペースロクデナシ。
「……強烈な光……」
「あー、光は覚えてるなぁ。つーかおまえら武器持ってんだなって俺もか。だったらそいつでなんとか出来なかったのか?」
武装は何故か解除されていないかった。
それもそうだ。
「ええ、でも無駄よ」
「なにやっても壊れねえ」
「掠り傷もつかないんです」
「……お手上げ……」
ホークの集いは諦めていた。
彼等だって何もしなかったわけじゃない。
この謎の檻に捕らわれてから壊そうとあらゆる努力をしてきた。
しかしビクともしなかった。
だから今から5日前に諦めた。
幸いにも生活には困らない。
食事はしっかり出るし、どこからともなく不思議な布団が現れてグッスリ眠れる。
風呂もシャワーもトイレも壁の向こう側にある。服も下着も何故か劣化しない。
娯楽も本やゲームが支給される。
天獄であった。
「そうかぁ?」
ヘンリーはまた猿酒を飲んで、緑色の半透明の壁に触れた。
妙な感触だ。生ぬるいような硬さ。
「酒のつまみでこんなのあったなぁ」
「……コンニャク……」
「おうそれだ。コニャック」
「なんか違くね?」
「っていうかオッサン。あんた酒のつまみなんか殆ど興味ないでしょ」
「まぁな」
「アーミス。よく知っているね」
「別に」
「……アーミス。実はオッサンラブ」
「ブゥッ! ふふふ、ふざけ、ふざけんじゃないわよっこの陰険陰キャエルフ! 誰がこんな、この世の全てのろくでなしを煮詰めて人のカタチにしたクズオッサンクズを好きになるっていうのよおっっ!!」
「へっぶし」
何処からかクシャミが聞こえた気がした。
「え」
「なんだ?」
「なんか今、聞こえたような?」
「…………」
「んなことよりオッサン。あんたならなんとか出来るみたいな口振りだったぞ」
「えっ、なんとかできるんですか。ヘンリーさん」
「あー、まぁこのくらいなら、生意気娘。これ魔法障壁だろ」
「誰が生意気娘よっ、ええ、そうよ。魔法障壁よ」
ぜんぜん違う。これはエネルギー防壁だ。
一見、確かに似てはいる。だが原理は全く正反対である。
これはエネルギーを物理的に固めた障壁だ。
その硬度はなんとギャラクシーチョパムプレートの5倍。
人類では破壊不可能な領域に突入していた。
「俺は魔法の全部の色を切ったことがある」
「はあ? 魔法障壁よっ! あんたの腰にあるそんな数打ちなんかで切れるわけないでしょっ! それに例え魔剣でも妖刀でも魔法障壁は切るのが難しいのよ! それも単なる魔剣や妖刀じゃダメよ。少なくとも銘が入っているものじゃないと」
「俺の剣は銘があるぞ」
「ひとの話聞いてる!? そんな数打ちに銘があっても……って銘があるの?」
アーミスは驚く。ヘンリーは言った。
「おう。ブーケファロスだ」
「そういえば、その剣。前にディンダさん欲しがっていましたね」
「そんなこともあったわね……」
「じゃあよ。オッサン。それ魔剣か。妖刀か?」
「ヘッヘヘヘヘヘッッッッ」
ヘンリーは汚く笑った。
猿酒を飲んで、また飲んで、そして答えた。
「知らね」
「知らないのかよ!」
「なんなの。ホントこのオッサン!」
「え、えーと、まあまあ。これがヘンリーさんなんだから」
「……オッサン。本当に切れる?……」
クルフが訪ねる。
「ああ、軽いもんよ」
「信用できないわ。ろくでなしだし。でも……このオッサンなら」
「切れるわけねえだろ。ならよぉ、オッサン賭けをしねえか!」
「ログ!?」
「ログ。賭けって?」
「この魔法障壁を切れるか。切れないか。だ」
「んじゃあ、これ切れたらおまえら。酒を奢れ」
「わかりました」
「いいや。オッサン。そんなんじゃぬるいぜ!」
「あ?」
「なにログ?」
「…………」
「ログ。どうしたの?」
「もしオッサンが切れたら、アーミスとクルフをメイド姿にして酌させるっていうのは、どうだっ!」
「はあああああぁぁぁっっっ!?」
「……なに言っているのかイミフすぎ……」
「その代わり。もし切れなかったら……オッサン。冒険者になってくれ」
「あ? なんか釣り合ってねえ気がするぞ」
「ログ。あんたなに考えているのよっっ!」
「……射抜くぞ……」
「どういうこと。ログ」
「俺はオッサンがこのままっていうのは勿体ねえと思っている。それは皆だってそうだろ。このオッサンは強い。只者じゃねえ。それは認めているはずだ」
「ログ……」
「……認めてはいる……」
「ワタシは認めてないんだけど? というか。そのメイド服でお酌とかも了承してないんだけど?」
「……同じく……」
「まあまあ、いいじゃねえか。どうせオッサンは切れない。だろ?」
ログはウインクした。アーミスはぐぬぬぬぅっと唸る。
「そ、それはそうだけど」
「……釈然としない……けど……」
「よし。じゃあ決まりだな」
「ログは強引だな」
「わかったわよ。いいわよ。どうせ斬れないし」
「仕方なく……了……」
「いいのかな。いいのかも」
「というわけでオッサン。勝負だ」
「なんつーか。これが若さってやつなんだろなぁ」
ヘンリーは苦笑する。酒瓶片手にしたまま剣を抜いた。
「やっぱりどこにでもある剣だわ」
「……しょぼい……」
「俺、似た剣を武器屋の店先の籠の中で沢山見たことあるぞ。メッチャ安かった」
「本当にそんな何の変哲もない剣で斬るんですか。ヘンリーさん」
「あー……そうだなぁ。んじゃあ、いい機会だ。おまえらに切るってもんを教えてやるよ。ヘッヘヘヘヘッッッ、そこの気弱」
ヘンリーはルークを見る。
「えっ、それ僕ですかっ」
「おまえ。剣使うだろ。切るっていうのは硬いのか柔らかいのか。どっちだと思う」
「え、それは切るだから……硬いのでは? 力を入れないと切れません」
「あー、まあ、そう思うよなぁ」
ヘンリーは剣先をエネルギー障壁に付けた。
「正解は柔らかく硬くだ」
一気に剣が根元までエネルギー障壁に突き入った。
いとも簡単に、まるでゼリーに差し入れるように剣はエネルギー障壁を貫く。
「はあっ!?」
「え!?」
「っぱやるなぁ。オッサン」
「……メイド服かぁ……」
「つーわけで、覚えておけ。気弱。硬く柔らかくだ」
ヘンリーは剣を抜くと、エネルギー障壁を鮮やかに切り裂いた。
エネルギー障壁は気体となって消える。
「っぐぅ、だから大嫌いなのよ。このオッサン!!」
アーミスは何故か涙目で猿酒をぐいっと飲むヘンリーを凄まじく睨む。
負けを認めたくない凄まじい意志を感じる。
「す、すごい…………切るは、柔らかく硬く……柔らかく硬く……」
ルークは意味深に真剣な顔でつぶやく。
「……ログ。計ったな……」
「さあ、なんのことだ?」
クルフはログをジト目でみつめる。
そのログはそっぽ向いて口笛を吹く。
「で、おまえら。ここから出てえのか?」
「おねがいします」
「オッサン。賭けはあんたの勝ちだ。さあ、ふたりとも貰ってくれ」
「ログ。奴隷商人みたいな言い方だね」
「クッ殺っ、例え身体は汚されても心だけはあんたのモノに絶対ならないわ!」
「……初めてだから優しくして……」
「メイドになって酌するだけだよな!?」
ヘンリーは溜息をついてホークの集い側のエネルギー障壁を切った。
別のエネルギー障壁の檻。
「へっぷし」
「ディンダさん。風邪ですか」
「某。風邪は一度もひいたことがないでござる」
「奇遇ですね。私もです」
「同士でござる」
「それはいいんですけど、いったい。ここはどこなんでしょう」
「皆目見当もつかぬでござるな。とりあえず」
ディンダは両腰の剣を抜いた。愉しそうに笑っている。
「ここから出るでござるよ」
エネルギー障壁に二刀を向けた。
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