第43酒:いやゴブリンじゃねえだろそれ。

イヤオ村。

ジークフォレストから馬車で3日ぐらいのところにある。

近郊にはチイジュンという名の森が広がり、その奥にエビルマウンテンがある。

イヤオ村はのどかな農村で牧羊や酪農もしている。


「おがばみだべざ。あんればよがこつ。づぎがきれいまんで、そんで星がきれいまんで、あんばベコがなぐのはおがしが思っだんごぐさ」


牧場で牛の世話をしているエルフの男はそう言った。

農作業着姿だ。


「あ?」

「は?」

「どういうことでござるか?」


三者三様に小首を傾げる。


「あんだば、ごばだばるめば」

「待って。ちょっと待って」

「んばめば?」


3人は少し離れて話す。


「どーすんだこれ」

「どうもしようがないですよ」

「あれは異国語でござるか」

「いえ、あれは訛りです。私のひいばあちゃんとかこうでした」

「あー、村の村長のじいさんとかもこんな感じだったな」

「村長のおじいさん? 村長、若いんですね」

「ああ、73だ」

「おじいさんいくつ!?」

「長生きでござるな」

「んなことより、どうするか」

「訛りでござるか」

「あそこまでいくともう異国語ですよね」

「あのーもしもし」


3人に声をかけたのは別のエルフの男性だった。

農作業着姿で麦わら帽子を被っている。


「あんたは?」

「オラは弟だ。兄の訛りが酷くて迷惑かけて申し訳ね」

「弟はまだ通じるでござる」

「オラはシティ派だ」

「シティ派……」

「……あの、なんとかなりませんか。私たち」


テリは事情を説明する。


「なんと麗剣姫様だべか!? ほあぁー美しいべ」

「ははっ、照れるでござるよ」

「見た目だけはなあ」


酒のみながらボソッとヘンリーは言う。


「ヘンリー殿。なんでござるか」


笑っていない笑顔をヘンリーに見せるディンダ。


「ケッ、なんにもねえよ」

「なにしてんですか。もう。それで、その見つけたいんです」


一番マトモなテリ。彼女が居なければどうなっていたか。


「そんならオラが兄の通訳すっべ」

「よろしく、おねがいします……?」

「あんたが話せばいいんじゃねえか?」

「オラはあんまりよく知らないだ。兄の通訳すっべ」


そう言って弟は兄の元へ行く。


「んだば、さばぐからじゃべんばはんで」

『最初から喋ればよいですか?』


「お、おう。頼むわ」

「おねがいします」

「頼むでごさる」


「ばだ。おがな。おがばみだべざ。あんればよがこつ。づぎがきれいまんで、そんで星がきれいまんで、あんばベコがなぐのはおがしが思っだんごぐさ」


『あれは良い夜でした。月も綺麗でした。星も綺麗でした。でも牛が鳴いていました。牛があれだけ鳴くのはおかしいと思いました』


「……なんだこのぉ、なぁ」

「わかりますけど」

「黙って聞くでござる」

「ケッ」


ヘンリーは酒を飲む。


「んだどしだら、そが、よぞが、あがるぐでたまげただ。そだらベコがそがういでまんで、そじだらまあじしるばあの丸いさらみでえなのがういでただ」


『そうしたら、空が、夜空が明るくなって驚きました。牛が空を浮いてました。空に丸い銀の皿みたいのが浮いていました』


「……なんだと……」

「どゆこと?」

「わけがわからないでござる」


三者三様に顔をしかめる。


「オラたまげだば。ベコがしるばあの丸いさらにすいごまれでて、しるばあの丸いさらばえびやまにさとんでいっだんだばんまず」


『私は驚きました。牛があの銀の丸い皿に吸い込まれました。そしてあの銀の丸い皿はエビルマウンテンに飛んでいきました』


「なぁ」

「うーん?」

「ふむ。わからんでござる」

「いやこれゴブリンじゃねえだろ。ゴブリンの目撃の話じゃねえのか?」

「ああだば、そばいまがらがだるんばぬえ」


『それは今からお話します』


「お、おう」


「みがごだ。あんどぎのよがもまだぎれいだっだべ。するどまだべつのベコがさわいだんだべ。ほたらベコがしんでてそのしだいにぎんいろのごぶかがなんびきもおるとよ。おがそんぐおおぎなぐろいめめしたでて。おらがすがだがみるどにげていったんぼさ」


『三日後です。あのときの夜もまた綺麗でした。すると別の牛が騒ぎました。そうしたら牛が死んでいたんです。銀色のゴブリンがいました。何匹もいました。それも大きな黒い目をしていました。私の姿を見ると逃げていきました』


「銀色のゴブリン?」

「黒い大きな目?」

「面妖なゴブリンでござるな」

「いやゴブリンかそれ?」

「ぼがばんではんしはおわばだんべ」


『以上で話は終わりです』


「ありがとうございます」

「うむ。貴重な話だったでござる」

「そうか……?」


ヘンリーは酒を飲み、釈然としなかった。




イヤオ村。トウモロコシ畑。


「見てくれよ。この畑の有様」


小さな羽根が頭に生えた農家で羽冠族の男が案内する。


「これはひどい」

「ひっでぇなぁ」

「むごいでござる」


畑は荒らされていた。

トウモロコシは殆ど円形に薙ぎ倒されていた。


「変なゴブリンどもの仕業だよ」

「ひょっとして銀色の?」

「ああ、参ったよ。全く酷い。トウモロコシが……この辺はもうダメだ」

「単なる円陣って感じじゃねえな。模様みてえだなぁ」

「そうかも知れんが、あんたら。ゴブリンを退治にしに来たんだろう」

「そうでござる」

「そうでしたっけ?」

「あー、オヤジ。ガキどもが来てただろ」

「子供? ああ、冒険者の……随分前だった」

「あいつらどこに行ったか知ってるか」

「森だよ。チイジュンの森だ」

「やはりそうなるでござるか」


どこか嬉しそうなディンダ。

腰の青い剣の柄に触れる。


「じゃあ、とっとと行く前にだ。おい。オヤジ。この村に酒場はねえのか」

「酒場? あるが」

「酒が切れた。そこ寄ってから行くぞ」

「緊張感がまるでない」


テリは溜息をつく。

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