第42酒:ホークの集いのピンチ。


辺境の街ジークフォレスト。冒険者ギルド。


「あー……あー……」


酒場のカウンターでだらしなく酒を飲むオッサンがひとり。

そうヘンリーだ。相変わらず酒浸りである。

今もブランデーとウイスキーをチャンポンしてウォッカで流していた。


変わったことは町の活気だろう。

竜討祭まで残り1ヵ月を切ったので祭典に参加する貴族の姿が増え始めた。

既に有力貴族は街の高級ホテルに宿泊か別邸に滞在している。


「あー……どっかにこう命知らずの若い冒険者いねえかな。ウザ絡みしてえ」

「なに言ってんですか。このオッサン」


呆れたように彼に声をかける。


「よう。ちっこいの」


ヘンリーはへらへらっと肩ほどで切り揃えられた黒髪の可愛い受付嬢に声をかけた。

テリ=マルタンだ。背が低く16歳とは思えない容姿を気にしている。

彼女は零したエールにたかる蝿を見るような瞳をヘンリーに向けた。


「なんていうか、こうゴミみたいで人生虚しくならないんですかぁ?」

「虚しいか。面白いこと言うじゃねえか。ちっこいの」

「大体、あんたのせいで私はこのギルドに来る羽目になったんですからね」


襲撃現場でヘンリーと一緒に居るところを何度も目撃されていた。

いくら悪党相手でもヘンリーがやった襲撃は立派な犯罪である。

今のところはドラゴンの襲撃ということになっているが、それでも万が一がある。

そういうわけでテリはリナートからジークフォレストに転勤したのだ。


「俺を恨んでいるようだけど聞いたぞ。給料倍だってな」

「そ、それはともかく、なんで私にオッサン係とかわけわかんない業務があるんですかっ! てか、なんで私なんですかっ!」

「そりゃあ、ねえちゃんが忙しいからだろ」

「確かにカナナさんはギルドの受付嬢の責任者として忙しいですけど!」

「じゃあほら、ちっこいのが暇しているからじゃねえの」

「私も忙しいんですよっ! たぶん……?」

「まぁ俺の相手するだけで金貰えるんだからいいじゃねえか」

「言い方っっ!」


テリはムっとした。ヘンリーは酒を飲む。


「厄介払い扱いされてるのに冒険者にならないんですか」

「そりゃあ働きたくないからだ」

「冒険者に登録したからって依頼をしなければいけないってことはないです。ただ依頼をしないとずっと石ころのままですけどね」

「いや冒険者登録ってところから、こう、そういう肩書きからなぁ、働け成分が出ているので、登録自体からもうダメだなお断りだ」

「働け成分ってなにいってんだこのオッサン!?」


そんな談笑しているふたりに駆け寄る影がひとつ。


「ヘンリー殿! 大変でござるっ」

「よう。面白ぇ女」

「ゲッ、龍殺しの麗剣姫!?」


見る者をハッとさせるほど綺麗な女性だ。

長い銀の前髪を髪飾りでまとめている。

切れ長の眉で深い翡翠色の瞳。精巧に整った美麗な顔立ち。

みつめるだけで異性問わず相手の心を射抜きそうでもあり、実際射抜いた。


青い外套にドレスみたいな不思議な形状の真っ白い鎧を装着していた。

中央に樹の紋章が彫られ、金縁に彩られている。

黒いバトルベルトと呼ばれる男性用戦闘帯を交差に巻く。

両腰に同じ長さの青柄と白柄の剣を佩いていた。

スカートは真っ赤だ。


ディンダ=キリステイン。26歳。

黄金級冒険者。またドラゴンスレイヤーでもある。


「ヘンリー殿。一大事でござる」

「あ? なんだぁ? 面倒そうだなぁ」


ヘンリーは拒否反応を示す。

テリは驚いている。


「ヘンリー殿。ホークの集いは覚えておるでござるな?」

「ああ、あのガキどものパーティーだったな。そういえばあいつらどうした」

「行方知らずになっているでござる」

「えっ行方不明」

「あ? ああ? なにがあった?」


さすがのヘンリーもビックリして聞き返す。


「今から10日前でござる。彼等はゴブリン調査の依頼を受けたでござる」

「そういえば、あいつらだけで青銅級とかいう再試験に合格したんだったな」

 

若き冒険者パーティー・ホークの集いは元々青銅級であった。

だがそれは今は離れているメンバーのひとりのバフ効果で成れたものである。

本当の実力を見抜いたヘンリーによって保留というカタチで一時的に降格していた。

彼等をディンダが鍛えたことにより青銅級に再昇格したのであった。


「ゴブリン調査の依頼ってひょっとしてあの依頼?」

「ふむ。おぬしは?」

「あっ、初めまして。私はテリ=マルタン。最近ここに赴任してきたギルドの受付嬢です。ディンダさんのお噂はかねがね」


丁寧に頭を下げる。ふむ。ディンダは腕を組んでテリを見る。


「ちっこいのだ」

「あとこの酒クズオッサン係です。不本意ながら」

「ほう。確かにちっこいが、ふむ。某も自己紹介するでござるよ。ディンダ=キリステインという。よろしくでござる」

「は、はい。よろしくですっ」


握手してテリは照れた。


「で、その依頼ってなんだ?」

「ゴブリンの調査の依頼? それって聞いたことありますよ。依頼内容はイヤオ村近郊のチイジュンの森で変なゴブリンを見掛けた。それ以来、とても変な事が村で立て続けに起きている。特に牧場と畑の被害が酷い。だからその変なゴブリンを調べて欲しいっていう。そういう変な依頼でしたよ」

「なんだその依頼」

「その変な依頼をホークの集いが受けたでござる。そして戻ってきてないでござる」

「10日前か」

「何かあったとしか思えないでござる。ヘンリー殿。某と一緒に捜索願いたい」

「そういえば黒歴史女は?」

「キャサリンは5日前から大事な用事で留守でござる」

「竜討祭の準備のほうはいいのか」

「幸いにも今は特にやることは無いでござる。どうかお願いでござる」


ディンダは潤んだ瞳でヘンリーをみつめる。

並みの男なら一撃で堕とせる。

ヘンリーは酒を口にしてから。


「まっ、あいつらとは縁があるからなぁ。しょうがねえよな」

「ではヘンリー殿!」

「ああ、一緒に探してやるよ」

「ありがとうでござる」

「だがお前も冒険者なら分かるだろ。最悪なときもあるからな」

「それは委細承知の上でござる」


ディンダは真っすぐヘンリーを見た。

その後ろでテリはホッとする。心の底から安堵した。

これでしばらくギルドは平和になる。

今日の朝みたいにモヒカンとリーゼントをした冒険者と揉めることもない。

もっともあのふたりは釘バッドでゴーレムに挑むような途方もない馬鹿だった。

止めなければ本当に無駄死だった。


なにはともあれだ。テリは安寧を得ることになる。

その嬉しさが隠せずニコニコするテリ。


「よぉし。んじゃあ行くか」


ヘンリーはテリを担いだ。

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