第39酒:カッ飛べ。黒歴史。

ヘンリーは妙な構えをとった。

それは片脚を上げて両手で剣を振りかぶる。

なんか今にもボールを打ちそうな、そう一本足打法だ。


「なんだそのカッコイイ構えはよぉっ、それでもオレは負けねえぞっ」

「どっちもくっそダサ」


ぼやいてテリは私なんでこんなところに居るんだろうと今更に嘆息する。

そんな彼女を尻目にヘンリーは構えたまま挑発した。


「さぁ来いよ。さぁ来いよ」

「舐めやがってええええぇぇぇっっっ」


焔侭は怒り心頭だった。その心境を現すように炎が燃え上がる。

テリに馬鹿にされヘンリーに打ち負かされ、とにかく怒っていた。

もう怒って怒って怒って怒って、なので何も考えずに猪突猛進してきた。


「ああああああああぁぁぁぁっっつっっっっ」


それはさながら火の球だった。

ヘンリーは剣を横にして力を抜き少し握り直す。


「カッ飛べ。黒歴史」


一瞬で全力を入れた剛力フルスイング。

それは絶好の間合いと絶妙なタイミングと絶賛の芯当たりだった。

ゴッカァーーーンと心地良い音を発てて、爆発するように焔侭はカッ飛ばされた。


キラっと夜の空の星になる。


ヘンリーは剣を仕舞った。テリが夜空を見上げる。

月がまるで無慈悲な夜の女王のように今宵も君臨していた。


「……すごっ、人ってあんなに飛ぶんだ……」

「なかなかの本塁打だ。よし。ねえちゃん探すか」

「あの、ここまで来たら私いらないってだから荷物みたいに抱えるのやめれえっっ」


ちょうど俵みたいに肩に担がれるテリ。


「あー酒飲みてえ。よし。酒見つけるか」

「人の話きいてええ」

「あ? 酒を見つけたら真っ先に教えろよ」

「カナナさんが先では!?」

「おっとそうだった。だが酒を見つけたら真っ先に教えろよ」

「本物のクズかあんたっ」

「あ? よく言われんなぁ。あと急がねえとやべえかもな」

「やばいって?」

「そりゃあおまえ。こういうときはほらグッヘヘヘッッと身の危険が」

「だったら急げやっ!」

「急ぐから酒見つけたら教えろよ」

「まったく意味がわかんないです!?」

「―――お生憎様。わたしはここですよ」


カナナが呆れたように姿をみせる。

そして手にしている酒をヘンリーに放った。


「よぉ、元気そうだな」


キャッチして瓶の材質とラベルから高級酒だと思うヘンリー。

それはブランデーだ。


「カナナさんっ!」


テリは喜んだ。良かった無事で、そう涙を目に浮かべる。


「テリがなんでここに」

「それは……そ、それより。カナナさん。大丈夫ですか」

「ええ、ボロポはわたしを賓客として扱ってくれたわ」

「賓客?」

「ギルドの関係者ですから。ジークフォレストは敵に回したくないようです」

「ほぉ、それでよく逃げられたな」

「ガリレオさんが助けてくれました」

「店主が?」

「あの怖い坊主のひとがなんで」

「因縁があるってボロポも言っていました」

「へえー、それで逃げ出せたのか」

「ええ、ブランデーを手土産に出来ました。それでも難しかったです。でも屋敷が急に慌ただしくなったから」

「あー、そいつは襲撃したときだな」

「ああぁ……襲撃したとき……空から」


思い出してテリの目からハイライトが消える。

ヘンリーはテリを担いだまま思いっきり上空から襲撃したのだ。

本当にドラゴンみたいな襲撃である。

なおボロムト本部も同じようにやった。


「? その隙をついてここまで来れたんですけど……」


カナナはテリをチラッと見て言った。


「テリ。パンツ見えてますよ」

「きゃあぁ!? エッチ変質者っ!」

「いきなり暴れんなっ。あぶねえだろ。ガキのパンツなんて誰も興味もたねえよ」

「さいていっ最低っ! このクズ! ろくでなし! アル中! 変態!」

「あ? うっせえなぁー」


イラっとしたヘンリーはテリの尻を軽くパンッと叩いた。


「ひぃんぁっ!!」

「ヘンリーさん!?」

「いたぁ……なにすんっ! この変態! 変態! クズ! アル中! ロリコン!」


ジタバタと顔を真っ赤にテリが暴れるのでヘンリーは降ろした。

するとカナナの後ろに隠れてガルルルルルルっっっとヘンリーを威嚇する。


「ヘンリーさん。さすがに今のはダメですよ」

「ケッ、これだからケツの青いガキがよ」

「青くないもん!」

「ヘンリーさん。大人気ないです」

「チッ、まぁねえちゃんが無事だからいいか」

「わたしは無事でしたけど……あの、ヘンリーさん」

「あ? んだよ。その微妙な表情。まさか直結兵に」

「わたしの弟を知りませんか」

「あ? 弟? そーいえばそれが目的だったな」


すっかり忘れていたヘンリー。ブランデーを飲む。

テリも小首を傾げた。


「でもそれらしいのは見ませんでした」

「……弟は傭兵をやっているんです」

「ああ、そうだったな」

「……それで傭兵名は『焔侭えんじん』と言います」

「え!? あのクソダサが!? でもオッサンでしたよっ!」

「弟は老け顔なんです。オッサンに見えても16歳なんです」

「うわぁ……」

「あー、アイツか。なるほどなぁ……おい。ちっこいの。ちょっと来い」

「なんですか。超ヤダなんですけどお」


とか嫌な顔をしながら素直にヘンリーの元に来る。


「どうするか。つか分かんねえよ!?」

「うん。しきりに16歳を連呼してましたけど、あれは分からんです」

「あれはなぁ。オッサンだよなぁ」

「オッサンがオッサン言うな。でもどうするんですか。星になっちゃいましたよ彼」

「どうするって言ってもなぁ。よし。ちっこいの。おまえ。謝って来い」

「はあぁあ!? なんで私が!? オッサンがあのクソダサを夜空の星にしたんじゃないですかっっ!」

「そりゃそうだが、俺がよぉ。『ヘッヘヘヘヘッッッ、わりぃ。おまえの弟を星にしちまったぜ。いやぁわりぃな』って言ったら許してもらえるか?」

「最初のヘッヘヘヘヘッッッで既に喧嘩売ってんのかこのオッサンって思います」

「だろ。ところがちっこいのが謝れば、ちっこいんで、ほら女ってちっこい犬猫とかにチョロいだろ」

「言い方がひどいですけど否定はしません。あと子犬や子猫って言ってください。というか、それが私が謝るのと何の関係があるんですかぁ?」

「だからちっこいのが謝ればねえちゃんも許してくれるだろ」

「ちょっと! 私を子犬か子猫だと思って!?」

「似たようなもんじゃねえか」

「嬉しいけど今はぜんぜん嬉しくない!!」

「というわけでほら行け」

「えっちょっ、な、なんで私が」


押されてテリはカナナの前に出る。


「さっきからなにをしているんです。ふたりとも」

「そ、それは、その、あの、すみませんでしたぁ!」


何故か何もしていないテリは謝った。何故か分からないけど頭を思いっきり下げる。


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