第38酒:我が黒き焔の閃光を受けよ! イグニスブレ。
いい感じの夜。
路地裏ウスノロ通り。酒場『鉄ハ血潮ニ流レ亭』。
「がっははははははははっっっ、それが凄いチカラってやつか」
ガリレオの笑い声が轟く。
「ああ、サインだけじゃなく実印がある手紙や書類だ」
「なるほど。まさにペンは剣よりも強しだな」
「その威力は俺も知っているが……なんつーかなぁ」
今日もシードルを瓶で飲むヘンリー。
あれから1日が経っていた。
「これからはそういう時代かもな」
「剣よりもペンか。平和なのか更なる地獄なのか。まあ俺には関係ねえ。俺は酒飲むだけだ」
「この町も……いや、なんでもない」
ガリレオはエールの瓶を置く。俯いて何か深く考えていた。
「そういえばよぉ、書類の中にこんなのがあった」
ヘンリーは一枚の書類をガリレオにみせた。
ガリレオは訝しげに書類を手にした。少し読んで驚愕する。
「こいつは……! おい。あんた……この書類は」
「ゴーモっていうのが隠し持っていたチカラのひとつだ」
「リナート返還状……ほ、本物なのか……」
それは終戦時に隣国が所持していたリーナト一帯を帝国に返還する旨の書類だった。
つまりこれでリナートは帝国の町だったという証明になる。
「ねえちゃんが言うにはサインはともかく実印は偽造するのが難しいってよ」
ガリレイは顔を上げる。ヘンリーを厳しい視線で見た。
「なんで俺に見せた……」
「この町で渡していいっていうのが、店主しか思い浮かばなかった。それだけだ。俺はなぁ。用事が済んだからもう町から出て行ってもよかったんだ。これだって見せなくてもいい。だろ? こんな町、俺にはどうなってもいいんだ。だがなあぁ。ねえちゃんには色々借りがあるからよぉ」
「見た目に反して律儀だな。あんた」
「ヘッヘヘヘヘッッッ、そう言われたのは始めてだ」
汚く笑い、ゴクっとヘンリーはシードルを飲んだ。
「こいつは本当に貰っていいのか」
「あ? 好きにしろ。俺にはいらねえもんだ」
「わかった。こいつはいざってときに」
ドンっと酒場の扉が強く開いた。
ヘンリーは飲みながら振り返る。
肩ほどで切り揃えられた黒髪の可愛い女の子がギルドの受付嬢姿のまま息急き切る。
「はぁっ、はぁっ、ほ、本当に居たっ」
「あー……ねえちゃん2号。ちっこいの」
「テリ! テリです! そ、そんなことより大変っ!」
「どうしたんだ。嬢ちゃん」
「カナナさんがボロムトに連れて行かれましたっ」
「なんだと!?」
「ボロムト……?」
「ボロポの私兵ですっそれで連行されるときオッサンに助けを求めてって」
「あの直結兵ども……はあぁ、まあ、あれだ。ちょうどいい機会だ。店主にそれを渡して、後はねえちゃんの弟の件もどうにかなっからなと思っていたが、向こうがそういう風にくるなら遠慮いらねえなぁ。おう。ちっこいの」
「テリ! なんですかっ」
「ボロポのシマ。全部教えろ。ちっこいのもギルドのもんなら知ってんだろ」
「えっ」
「あんた。なにするつもりだ」
店主は不安そうになる。
ヘンリーはシードルを飲み干し、笑った。
「俺ぁ好きにやる」
それは紛れもなく悪党の笑みだった。
ボロムト本部が襲撃された。
なんかもう完膚無きまでに破壊されドラゴンでも襲撃に来たのかといわれる。
なおボロムトの兵は全滅。総兵長も各隊の兵長もみんなやられた。
それと地下牢に捕らえられた人たちは皆、助けられる。
襲撃に酒瓶を片手に持ったチンピラみたいな小物顔のオッサン。
それとギルドの小さい受付嬢を見たという証言がある。
だからそれがどうしたと後に聞いた調査官の騎士は一笑した。
それはそうだ。
そんな輩はどこにだっている。
燃え盛る建物。
「ここじゃねえのか」
「あわっあわあわっっっ」
「よし次はボロポの、そうだな。ホンボシ行くか」
「ほ、ホンボシ?」
「ヤツの家を教えろ。ちっこいの」
「テリ! あと小さいのは成長期まだだからですぅっ」
「ほら、いくぞ」
「あっちょっ荷物扱いやめっ、うきゃあああっっっっ」
1時間前。
「そうか。そうか! 捕らえたか!」
「へい。女の方だけでやしたか」
「女だけでもいい。よくやった。バロメッツ商会がゴーモの隠れ家だったからな」
「ですがその冒険者ギルドの関係者でして」
「……なに?」
「それもジークフォレストの冒険者ギルドの職員でして」
「……手荒な真似はするな」
「それはあの」
「手出しするなと言っている。いつものようにやるな。いいな」
「へ、へい」
「冒険者ギルドと敵対はしたくない。分かるな。ディンダみたいな化け物は焔侭が対処すればいいが、あそこにはもっと恐ろしい化け物がいる」
「へ、へい」
「なんだ。どうした。呼んだろ?」
焔侭が顔を出す。
「いいや。なんでもない。おまえには関係ないことだ」
「そうか。それにしても暇だな」
焔侭は欠伸を噛んだ。
「護衛が暇なのは悪いことじゃねえ」
「それもそうだな」
「それとだ。ドンと連絡がとれた」
「ほう。それで?」
「近々また連絡すると言われた。興味はもってくれたぞ」
「それは良かった。じゃあ俺は肉を食っているから」
「ああ。さて、その女と話してみるか」
ボロポは上機嫌に葉巻を吸う。
そして現在。
ボロポの屋敷が燃えていた。
ドラゴンに襲われたように半壊し、燃えていた。
「あわあわあわわわっっ」
「ここにいると思ったんだがなぁ」
「あ、あんた。や、やっていることヤバイですよっ」
「そうか? そうかも?」
「たすけてぇーっ私は無関係いぃーっ!」
「まぁまぁ最後まで付き合えよ。ほら酒やるぞ。飲み干したやつ」
「飴やる感覚で酒渡すの怖いぃっっ! しかも飲み干しって酒ねえぇ!?」
そんな感じで屋敷の中庭でふたりが戯れていると。
「貴様! そこな幼女をイジメるな!」
「あ?」
なんか屋敷の二階に現れた。
黒いジャケットを纏った灰色の髪で左目に眼帯をした男だ。
見た目から年齢は20代後半か30代か。
二本の白い角を生やしているので魔人だと分かる。
黒い大剣を背負って右腕に黒い包帯を巻いていた。
「トウっ! 我が炎は全てを焼き尽くす。悉く焼き尽くす黒き炎。我が名は焔侭。黒の覇焔!」
その男性もとい焔侭は二階から飛び降り、着地するとそう名乗った。
なんかキメ顔に手をあてた独特ポーズをする。
ぽかんとしたヘンリーとテリ。
「さあ幼女を離せオッサン小悪党!」
「いや、ここが悪の本拠地じゃねえのか」
「それもそうだが!」
「そうだがじゃねえだろ」
「ちょっ、私は幼女じゃないですっ16歳ですよ!」
「マジ同い年?」
「え」
「あ?」
「さあ来い。この超絶爆黒の傭兵騎士の焔侭がおまえを倒す」
焔侭は剣を抜いた。ヘンリーは気付く。
「魔剣かそれ」
「ほう。雑魚チンピラみたいなのによく気付いたな。そうだ。これは魔剣だ。その名を暗黒焔侭★竜魔侭剣という!」
「ダッサい。ネーミングセンス壊滅しすぎ」
「んだとぉっ幼女!」
「幼女じゃないっ16歳!」
「そういう意味じゃねえんだけどなぁ……なんなんだぁこの黒歴史オンパレードオッサンはよぉ」
「オッサンだと! 俺はまだ16だっ」
「ウソつくな!」
焔侭とヘンリーは切り結ぶ。
「ウソはついてねえ!」
「頭の中は確かに16だけどなぁっ」
何度か刃を交え、ヘンリーは焔侭の魔剣を弾く。
「くっ、なんなんだこの雑魚チンピラ。つえぇっ」
「なかなかやるじゃねえか。黒歴史オッサン」
「だからオッサンじゃねえ! 見せてやる。我が黒き焔!」
焔侭は離れると、包帯を巻いた右腕をかざす。
「あ?」
「<我が手よ黒く燃えよ! その禁忌を放つ。黒きイグニスファイア!!>」
焔侭の右腕が炎に包まれた。だが黒くない。
炎は魔剣に移り、真っ赤になる。
「ほぉ」
「焔侭。あっ確か凄腕で大悪魔を倒したっていう。知ってます! こんな残念すぎる変なオッサンだったのは知らなかったけど」
「我のどこが残念だぁっ」
「へぇーそいつはすげぇなぁ。ホント残念オッサンすぎるが」
「オッサンいうんじゃねえ。ちくしょう。覚悟しろよオッサン!」
「オッサンにオッサン言われてもなぁ」
「だ、から我はオッサンじゃねえええぇぇぇっっっ」
焔侭は離れているのに大剣を振った。
真っ赤な刀身から炎が飛び出してヘンリーとの間合いを焼く。
「おおっと!」
「ひゃああっっ」
「ちっこいの。退いてろ。あぶねえぞ」
「は、はいっ」
「しねええぇぇっっ<我が黒き焔の閃光を受けよ! イグニスブレイバァーーー>」
真っ赤な刀身から飛び出した燃え上がる炎の刃がヘンリーを襲う。
「てめえに比べれば」
ヘンリーは避けずに突っ込んだ。
テリはびっくりする。
「えええぇっっ!?」
「なにい!」
「―――黒歴史女の方が100倍マシだ」
炎の刃を斜め下から斬った。と同時に魔剣も切断する。
「なんだとおぉっ!?」
ついでに焔侭の眼帯も飛ばされた。
「おまえ……」
眼帯の下の眼は普通にあった。
「目がある? なのに眼帯?」
「ちくしょうっよくも俺の第弐の封印を!」
「単なる黒歴史かよ、オッサン。いいか。俺が言うのもなんだがよぉ……あー酒飲みてえ。酒飲みてえなぁ」
「えっ、酒? なにいきなり」
「なんかもうめんどくせぇ。酒飲みてえ」
「いきなりぼやいてる。なんなんだこのオッサン!?」
「だから我は! ああっもういい。オッサン。てめえを倒す。<我が名は焔侭。悉くを焔で侭と為す者。我が焔は我が魂。我は焔。焔は我。終局黒★焔侭転身☆!>」
焔侭は炎を鎧のように纏った。頭も兜のように顔まで覆う。
そして肩幅に脚を拡げ、右腕を上に左腕を水平に伸ばすポーズを決めた。
「黒焔ノ☆イグニス★エンジン仮面★、見参!」
何故か背後が爆発した。
「うぉっ、なんだっ? えっ火薬?」
焔侭はビクっとする。
「おまえが驚くのかよぉ」
「それより名前が死ぬほどダサいんですけど……」
テリは正直に言う。呆れ果てて軽蔑し切った目だ。
別名を死んだ魚の目ともいう。
「なっ!? こんなに格好良い名前だろ!!」
「死ぬほどダサい。その恰好も何もかも死んでほしいほどダサいわ」
「ちょっっ、おまっ、おまっ! おまえっっ!!」
「なんかもう色々酷いな。このオッサン」
「だからオレはオッサンじゃねえ……」
「我はどうしたんだ」
「おっと我だ!」
「……なあ、まさかひょっとして……いやまさか……そんなはずは」
「どうしたんですか」
「いやぁまあ」
少し悩んでヘンリーはまぁぶちのめせばいいか。そう剣を焔侭に向けた。
そしてこの屋敷にある酒を貰おう。そうぼんやりと考えた。
同じ頃。燃え盛る屋敷の前にひとりの男。ガリレオだ。
「……決着をつける時が来たか」
そう呟いて屋敷に入っていった。
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