第37酒:我が名は焔侭。黒の覇焔。
リナート衛兵本部。地下牢。
地下牢に男が入れられていた。
だらしなく床に脚を広げて座る。
両手と両脚にガッチリと堅い枷を嵌められ鎖で縛られていた。
黒いジャケットを着た白い二本角が生えた灰色髪の男だ。
身長も高く薄汚れたジーンズ地のズボンを履いて鍛えられた筋肉の身体をみせる。
無精髭だらけの深い顔。右目に黒いファイアパターンの眼帯。
残った左目に鋭利なジャックナイフのような赤い瞳を宿す。
その外見は20代後半から30代ぐらいに見えた。
そして左腕に黒いボロボロの布を巻いていた。
布には文字が刻まれていた。なんか封印とか書いてある。
「煙草? 葉巻しかない。それでもいいか」
「じゃあ、いらねえ」
「おい。おまえ。煙草持ってこい」
「了解しました!」
「いやよく考えたら禁煙していた。いらね」
「……そうか。禁煙か。なあ
「待て」
「なんだ?」
「我が炎は全てを焼き尽くす。悉く焼き尽くす黒き炎。我が名は焔侭。黒の覇焔!」
そうキメ顔で自己紹介をする。ちなみに炎は黒くない。
「……そうか。ところでだ」
「訊こう」
「おまえ。自分がなにしたのか分かってんのか。おまえが殺したのは俺の懐刀だ。それはつまり最強ってことだ」
「は? あんなのが最強だと? 弱かったぞ」
「……そんなおまえが捕まっているんだが」
「捕まる? ボロポ。本当にそう思っているのか」
「無駄だ。その鎖は魔力を」
枷が割れた。鎖も溶けて切れる。
焔侭は自由になると手首を擦って立ち上がった。
「魔力がなんだ?」
「おい。なんてことしやがる。高かったんだぞ。その魔力遮断の枷と鎖」
ボロポは嘆く。
「紛い物だろ。本物は魔絶石を使っている」
「はあぁ……それで焔侭よ。おまえを雇うのはいくら必要だ? 分かっている。おまえが大人しく捕まったのは俺が来るのを待っていたんだろ。俺の懐刀を殺したのも売り込む為か。おまえの名と実力はよく知っている」
「話が早くていいな。そうだな。条件次第だとリーズナブルに雇われてやるよ」
「条件だと?」
「我をあんたのボスに紹介して欲しい」
「ドンにか……」
「そうすれば格安サービスで護衛してやるよ」
「いいだろう。ドンに連絡してみる」
「話が本当に早いな」
「それが俺のモットーだ。期待しているぞ。焔侭」
「とりあえず腹が減った。肉だ」
「いいだろう」
焔侭はボロポと一緒に牢を出た。
ボロポは内心で笑みを浮かべる。
未だ起きている様々な戦後処理の問題。
魔物と盗賊と後は小競り合い。それと残党の陰謀やらなんやら。
ハッキリ言えば多い。
傭兵団は終戦時に殆ど解散した。しかし無くなったわけじゃない。
今も冒険者にならず傭兵として生きる者たちがいる。
大陸の端々には今も傭兵団がある。
冒険者と傭兵の違い。それはギルドの有無だ。
冒険者には冒険者ギルドという国の立派な機関がある。
だが傭兵には無い。それは安定と安全という保障がないことになる。
しかしその反面、稼げる。それはもう稼げて稼げて稼げる。
ベテラン冒険者の10倍や100倍も稼げる。
これは決してギルドが中抜きをしているわけじゃない。
それは死亡率が比べられないほど高いのに起因する。
焔侭はその傭兵だった。
しかもこの大陸で最も名が知られている傭兵団に所属している。
数百人の荒くれで腕が立つ傭兵の中でも焔侭の名は轟いていた。
彼が名を上げたのは2年前のハーフェーン動乱だろう。
大陸東端のハーフェーン地方。
世界最大の邪教集団デビルオオラスが降臨させた大悪魔レッドボディエンジェル。
それにトドメを刺したのが焔侭だ。
大悪魔レッドボディエンジェルを倒した噂は何故か裏にだけ流れた。
「大悪魔ってどういうヤツだった?」
ボロポの部屋。葉巻を吸いながら焔侭に訪ねた。
「なんか赤かった」
ガツガツと肉を食べる焔侭。
ボロポはとりあえず色々な肉を持って来させた。
「それはレッドボディと呼ばれているからな」
「羽が生えていた。頭に黒い輪っかがあった。あとマッチョマン。それとオネエ」
「ボディエンジェルと言われているからな。待て。オネエ? 大悪魔なのに天使?」
そこに気付いてしまったボロポ。
気にせず鹿肉を食う焔侭。
「堕天使っていうのも居るんだから気にしなくてもいいんじゃね。あと夜のエンジェルとか夜は悪魔とかいるって聞いたし」
「夜のエンジェルと夜は悪魔は何か違うような? む。酒は飲まないのか」
渡した盃の酒はそのままだ。
焔侭はストライクボア肉を食べながら答えた。
「んぐんぐがつ。飲んだことがない。果実水とかない?」
「ある。なにがいいんだ」
「オレンジだな」
「持って来させよう」
「そういえば気になっていんだが、あの壁の剣」
「ほう。気付いたか」
ボロポも壁に掛かった愛剣を見る。
焔侭は鶏肉を置いて聞いた。
「使わないのか。武器は壁の花じゃねえぞ」
「ウマイ事を言う。確かにそうだが、俺はそういうのは手放した」
「なら我にくれよ。ちょうど武器ねえんだわ」
焔侭は壁の剣を手にして持つ。
「いい大剣だ」
フッとボロポは笑った。
「……いいだろう。それはおまえのモノだ。武器は壁の花じゃないからな」
「銘は無いのか」
「もちろんある。この世で一番格好良いぞ。シカクイネンブレイドだ」
「暗黒焔侭★竜魔侭剣」
「!? シカクイネンブレイド……」
「俺のモノだし」
「…………暗黒焔侭★竜魔侭剣も悪くないか」
ふたりともネーミングセンスがなかった。
「だろ。あと肉お代わり」
「……シカククククク、シカククククククッッッ、ついにあの焔侭が俺の部下になったぞ! これで俺は無敵だ! 誰も俺に敵う者はいない! シッカククククククッッッッ!! 後は凄いチカラを手に入れるだけだ。シカククククククククッッ」
ボロポは笑いが止まらなかった。両手を大仰にひらいたポーズで笑う。
焔侭はバロメッツの肉を食いながら彼を見てぼそっと言った。
「変な笑いだな。逆に言い難そう。あとこれカニじゃん」
まぁ好きだからいいかと食べる焔侭。
そこに部下が入って来た。
「ボロポさん。大変だ。至急、伝えたいことがありまして」
「なんだ?」
「バロメッツ商会から怪しい男女が入って出てくるのが目撃されまして」
「なんだと? その男女はどうした」
「それがその……わからないんで」
「バロメッツ商会?」
「何年か前に潰れた怪しい商会らしいんで」
「怪しい……よし。そこに部下を送って調べさせろ。その男女も探し出せ」
「了解しまして!」
「もしもそこが隠れ家で、そいつらが凄いチカラを得ていたら、クッククククッッ、シカククククククッッ……俺の時代。シカクイネンの時代だ」
もう笑うしかないボロポ
なおボロポ=シカクイネンの破滅まであと2日。
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