第36酒:バロメッツ商会⑥・ゴーモの隠れ家。
右曲がり角の奥には正面に大扉跡。
少し手前の左横の細い脇道にはドアが三つあった。
大扉は弾け跳んでいる。大扉の中はバロメッツ?の巣になっていた。
ヘンリーは脇道の二番目のドアの前に立つ。
「ここからだなぁ。酒の匂いがプンプンしやがるぅ。ヘッヘヘヘッッッ」
「本当にお酒があるんですか」
「ある」
真顔でヘンリーは答えるとドアを開けた。
ドアノブが回ったとき妙な破壊音が聞こえたが気にしない。
ドアの先はまず木箱が積んであった。
ヘンリーは金庫のあった倉庫と違って木箱を真っ先に開けた。
中には瓶が収まっていた。ヘンリーは1本取り出す。
「ねえちゃん。コイツだ」
「確かにお酒ですが飲めるんですか」
「ああ、もちろんだ」
指一発で開けて飲む。ヘンリーは眉根を寄せた。
顔が元々悪いので悪態つくような面構えになる。
「ん。こいつはぁ……あ」
「やっぱり腐ってましたか?」
「あんまうまくねえこのワインの味。どっかで飲んだことあんだよなぁ」
「美味しくないんですか。あっ、これ密造偽酒ですね」
カナナも一本取り出し、ラベルを確認して言う。
「密造……偽酒だと」
「ジークフォレストでもかなり前に話題になりました。有名なワインに似せて造られた偽物のワイン。しかも酒造無許可の密造だから密造偽酒と呼ばれています。通常より格安だから売れるんですがヘンリーさんの言う通り不味くて、それで被害者が多かったんですよ」
「なんでそんなもんがこんなところにあんだ」
飲みながら聞く。不味くてもヘンリーにとって酒は酒だった。
カナナは瓶を木箱に戻す。
「ここがゴーモの隠れ家だからじゃないですか。この密造偽酒。ゴーモの盗賊団のアジトで大量に見つかったと聞いています。だから密造偽酒の大本がゴーモだと言われているんですよ」
「……ああ、思い出した。妹から村を追い出されて森の中で彷徨っていたら今みたいに酒が切れてな。そんときよぉ。盗賊団の巣窟を見つけて仲間のフリして入ってタダ酒してたんだ」
「どこから何を言っていいか分からないほど酷すぎますね相変わらず」
「そんときの酒の味だ。じゃあここがゴーモの隠れ家で、ここにあるのか。凄いチカラってやつがよぉ」
「そうですね。あ、ランプありました。点けますよ」
カナナはランプのスイッチ入れる。
部屋が一気に照らされた。
ゴーモの隠れ家はそれほど広くはなかった。
石壁で囲まれて右側に木箱がずらりと積んで並んである。
左側には戸棚が並び、小さな箱と空の瓶が目立つ。
瓶の中には虫が干からびて死んでいたり蜘蛛の巣が張ったりカビが生えていたり。
さらに戸棚の一番下には干からびたスライムの死骸があった。
隣の棚には船の模型と木彫りの熊の置物とダークテンダータイガーの置物があった。
その下の段には紙の束がある。
「なんだこれガラクタ市よりひでえ」
「隠れ家というより物置きですね」
「隣にはベッドがあって事務机か」
ボロボロのベッドに上の階から持ってきたような事務机があった。
あとは乱雑にベッド脇に置かれた布の袋。隠れ家はそれだけだ。
「これだけみたいですね」
「こんなところに凄いチカラとか本当にあんのかよ」
「……ヘンリーさんはその凄いチカラはどのようなモノだと思っていますか」
訪ねながらカナナは戸棚を眺めて事務机に歩み寄る。
「そりゃあ魔剣とか妖刀とか魔導物とか」
「ボロポもそう考えているんでしょう。チカラといったらそうですから」
「なんだ。ねえちゃんは何か知っているのか」
「司祭を破滅させる切り札。話によるとゴーモはいつかロウルド司祭に切り捨てられると信用して無かったと、違いますか」
「そうあったなぁ。日誌だとかなり嫌っていたのはよぉく覚えている」
「だからそのときの為に……」
カナナは地味机の引き出しを一番上から開けていく。
最後の引き出しだけ鍵が掛かっていた。
「ヘンリーさん。開けて貰えますか」
「あ? これか」
引き出しを引っ張る。
その中には赤い線の入った薄い黒箱が入っていた。
「この箱は魔導物ですね」
赤い線が光っている。
魔導物は魔法の力を秘めたモノのことだ。
生活用具から兵器まで様々なモノがある。
本当は細かく分類されているが全てまとめて魔導物と一般に呼ばれていた。
「魔導物の箱かよ」
「これは特定の魔法唱言で開くタイプですけど、心当たりはありますか」
「そういわれてもなぁ。ねえな。じゃあ切るか」
「えっ、魔導物ですよ。普通の剣では」
あっさり箱は切られた。
カナナは茫然とする。
「なんだこれ」
「…………魔法が掛かっている箱なのに……魔剣じゃないと切れないのに」
「おい。ねえちゃん。これが凄いチカラなのか」
ヘンリーが手にしたのは数枚の手紙や書類だった。
便箋や封通に入っており赤や青や白や黒と様々だ。
「……はぁ、ヘンリーさんって本当に……はい。そうです。これが司祭を滅ぼせる凄いチカラです」
「こんな紙切れが?」
「これは証拠ですよ。ギルドの受付嬢をして事務もやっているんでよく分かります。この手紙や書類が破滅のチカラです」
カナナは手紙をひとつ手にして開く。
「見てください。密輸と禁制品売買の取引の手紙です。これは署名に実印まで入っています。この実印は簡単には偽造できません。こういう重要な実印を押すモノは魔導物です。それらの印は簡単に似せることは出来ません。特に貴族や教会などの上流が使う実印は特別製です。実印は確実な証拠になります。言い逃れも何もできません」
「へえぇー、悪事に加担した確定的な証拠か」
「どうやって手にいれたのかは分かりませんが、確かにこれほどの効果的な凄いチカラはありませんね」
「んじゃあこいつを令嬢に渡せばいいんだな」
「そうです」
ヘンリーは手紙と書類を懐に入れた。
密造偽酒を飲む。
「じゃあ帰るか」
「はい。疲れました。でも、その」
「あ?」
「冒険ってこういうことなんですね。冒険者の気持ちが少し分かりました」
「……確かにそうだなぁ、こいつは冒険だ」
廃墟で謎の地下室で怪物とバトル。そしてお宝ゲット。まさしく冒険である。
カナナはヘンリーを覗き込むようにして。
「では興味が湧いてきましたか?」
「ねえちゃんはならねえのか。冒険者」
「え?」
ヘンリーの言葉にぴたっと止まる。
「別にギルドの受付が冒険者やってもいいんだろ」
「……規則では特に決められていません」
実際にギルドの受付嬢をしながら冒険者をしている猛者もいる。
ストレス発散と運動不足解消に良いらしい。
「なってみればいいんじゃねえか」
「わたしがですか……そうですね。考えてみます」
「いいんじゃねえか」
「それでヘンリーさんもなりますよね。冒険者」
「よし。帰るぞ。とっとと帰ってうまい酒飲むぞ」
「ちょっと! もうっ」
こうしてゴーモの隠れ家。バロメッツ商会をふたりは後にした。
残る問題はあとひとつ。
だがそれは家族の問題である。
ヘンリーの出番なぞひとつも無いのであった。
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