第32酒:バロメッツ商会②・プランタ・タルタリカ・バロメッツ。
彼女はかつての模擬試合で見たことがあった。
ディンダの二刀流から放たれた縦横無尽で優雅なる剣の乱舞。
【両翼乱舞】
あれほど綺麗で怖い剣の技を見たのは初めてだった。
背筋が凍るほど見入ってしまう、死の美しさがあった。
しかしそれらをモノともしないヘンリーには驚愕した。
でもそんなヘンリーをカナナは怖いとは全く思わなかった。
冒険者ギルドのカウンターで日中も居座る酒浸りでろくでなしのオッサン。
しかも冒険者じゃない。おまけに若い冒険者にウザ絡みする。
それでもチンピラみたいで酒カスだけど不器用なくらい優しいひと。
そうとしか今もカナナは思っている。
「ヘンリーさん。今のはディンダさんの御技ですか」
「ああ、多人数だとこれ使いやすいからな。パクった」
平然と言う。カナナは困惑しつつ尋ねる。
「そのことディンダ様は知っているんですか」
「知らねえ。知ってたら今頃、襲い掛かってきているだろ」
「まったく、あなたというオッサンは」
ため息しか出ない。
ヘンリーは汚く笑う。
「ヘッヘヘヘヘッッ、まあまあ大目に見てくれよ。ねえちゃん」
「はぁ、しょうがないですね」
「さすがねえちゃん。話が分かるなぁ。んでよ。これどうすっか」
6人の死体。どれもひどい有様だ。
ふたりは考え、放っておくことにした。どうしようもない。
「ちょいと、いいかい」
するとふたりに男が声を掛けた。
角を生やしたボロボロの身なりで頬が瘦せこけている。
「あ?」
「だれですか」
「ま、まぁまあ、待ちな。何もしないよ。あんたらに頼みがある……」
ぷるぷるっと男は震えていた。
「頼みだと」
「頼みとは、なんですか」
「よ、よかったら、こ、こいつらの死体。こっちで、片付けようか……?」
チラチラッと男はしきりに兵士たちの死体を気にする。
ヘンリーはその視線の先にあるモノに気付いて頷いた。
「好きにしろ」
「ヘンリーさん?」
「そ、そいつは、ありがたいねえ!」
彼はぎこちなく笑った。
「ただし俺たちのことは」
「わ、わかっているって。そこに並びたくは、まだ、ないんで」
「じゃあな」
ヘンリーは背を向ける。カナナは彼等に頭を下げて横に並んだ。
6人の死体にボロボロの人たちが群がる様はまるでアンデッドだ。
歩きながらヘンリーはぐびっとシードルを飲んで言う。
「まるで戦場だなぁ。ああいう死体漁りが出てきたら、そこはもう戦場だ」
「ああ、そういうことですか。死体の財布と装備が目当てですか。戦争は終わったんですよね。なのにどうしてこんな」
「まだ終わってねえヤツも居るのかもなあぁ」
暗い顔のカナナに言いながらヘンリーはシードルの瓶をグイッと一気飲みする。
大陸中を巻き込んだ大戦は終わった。それは確かだ。
しかし個人の戦いは、戦争は本当に終わったのだろうか。
大陸の端では今も小競り合いが続いている。2年前には動乱もあった。
本当はまだ何も終わってないのではないか。
教会の裏に回ると傾いた看板が目に入った。
木に生えた羊の絵。バロメッツだ。
羊に生えた木ではなく、木に生える羊で立派な植物だ。
この羊から採れる毛を木綿という。
地方によって呼び名が異なり、プランタやタルタリカやリコポデウムともいう。
また、その呼び名で地方が分かることもある。
肉は何故かカニの味がする。
そして何故かカニアレルギー持ちはアレルギーを発症させる。
そうするとカニだと海産物主張された。だが違う。
ではやはり羊だろうという動物主張もあった。しかし違う。
あれは植物。あくまでも植物なのだ。
「ねえちゃん。バロメッツの肉は何故かカニの味がするのは知っているよなぁ」
「ええ。聞き覚えあります。ですが、わたしは食べたことがないんですよ。カニアレルギーですから」
「そうか。あれな。バロメッツの内臓とかの煮込みを喰わせてもらったことがあるんだが、カニミソの味がしたんだよ」
「カニミソ……ですか」
「ギャップがありすぎて吐きそうになった」
内臓の煮込みなのにカニミソの味。確かに脳がおかしくなりそうだ。
「それならやっぱり海産物ですよ」
「でも植物だ。前に森の中で見つけてな。木の部分に小便かけたら枯れたんだよ」
「いい歳してなにしているんですか……」
冷めたカナナはバロメッツ商会の建物を見た。
それなりに大きい建物だ。人の気はなく入り口は錠前と鎖で封鎖されていた。
「よし。入るか」
「えっ不法侵入ですよっ」
「この町にそんな法あんのか?」
「帝国全土の法ですよ」
「でもこの町は隣国かも知れねえんだろ」
「そ、それはそうですが」
「それによぉ。罪ってんなら、さっき俺が犯したのが一番ひどいんじゃねえのか」
「なにかしましたか。あっ、そうでした。町中の殺人」
当然だが殺しはどんな場所でも状況でも罰せられる行為である。
それは帝国の基盤となる法律。帝国基盤法の第二条に記されている。
しかし法と現実は乖離しており、外での殺人は無法状態だ。
盗賊が跋扈しているので仕方がないところはある。
冒険者の依頼の護衛でも襲われて戦いになったら殺しても無罪だ。
町中の殺人もリナートのような治安悪化地帯では意味を為さない。
「それ忘れる、ねえちゃんも大概だな」
ヘンリーはへらへら笑うと一振りで錠前と鎖を斬った。
「……町中の殺人。それもボロポの部下を殺した…………こういうことなの?」
カナナは呟く。条件や罪状は全く同じだといえる。
違う点は見つかっていないことだけだ。
だが見つかってもヘンリーならどうってことない。
その気になればボロポの私兵ボロムト共々滅ぼせるだろう。
何故それをしないのか。別にヘンリーは正義の味方でもなんでもないからだ。
彼はただのろくでなしの酒浸りのオッサンである。
「どうした。ねえちゃん。そこで待っているか」
「いえ、わたしも入ります」
カナナは扉の取っ手を握って押した。
ゆっくりと開いていく。
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