第31酒:バロメッツ商会①・思った以上に荒れてんなあ。

翌朝。

大欠伸をしながらかったるそうに冒険者ギルドにヘンリーは行く。

昨日言った通り。カナナが待っていた。

赤を基調としたやんわりなスカート姿にヘンリーはヒュウっと下品に口笛をふく。


「な、なんですか。じろじろ見ないでください」

「わりぃな。その、いつも受付嬢姿だったんでよ」

「昨日も私服でしたよ」

「言われるとそうだったな」


だが昨日と同じ服装なのかヘンリーは覚えていない。

そんな甲斐性あったらとっくに結婚している。


「それで市場に行くんですよね」

「ああ、バロメッツを探さないとなぁ」

「それでは案内します。着いてきてください」

「ねえちゃんの用事はいいのか」

「すぐに終わらないので構いませんよ」

「わりぃな」

「別にいいですよ」

「……」


カナナは歩き出す。

ヘンリーはなんか妙だなと感じつつ酒を飲む。

シードルだ。大量にあるというので貰った。


犯罪者の巣窟リナートの市場がまともなわけがない。

確かに表は普通の市場のように見える。だが一歩、裏を見ればそこは闇市だ。

違法や密輸品。強奪品。盗品。大戦時の横流し品。色々とある。


それと目立つのは廃墟だ。

露天商の背後の建物は暗く灰色で人気がなく崩れているのもあった。


「バロメッツ? どっかで聞いたな」


訪ねると露天商の店主は首を傾げながら手でクレクレと動かす。

ヘンリーは金を渡す。


「ああ、バロメッツ商会。あれは潰れたぞ」

「もうねえのか」

「廃墟になっている。場所は、まあサービスでいいか。この道を真っ直ぐ行って左に曲がるとボロッちい教会がある。そこの裏手だ。バロメッツの看板があるから分かりやすいだろう」

「ありがとよ」

「これもサービスだ。ボロポの動きが過激だ。あんま変な真似すんじゃねえぞ」

「あんた。そいつ嫌いなのか」

「好きなヤツなんて魂から腐っている」

「忠告ありがとうございます」


カナナも礼を言う。露天商の店主は少し照れた。

言われたとおりに進んでいくふたり。

カナナは表情が優れない。ぽつりとつぶやいた。


「……こんなにも荒れ果てて」

「どうした。ねえちゃん」

「昔住んでいたときはここまで酷くは無かったんですよ。治安は悪かったんですけど、こんなに荒れ果ててはいませんでした」

「町の支配者ボロクソのせいだろ」

「……ボロポですか」

「見て見ろ。まるで戦時中みてえだなあぁ」


ヘンリーは暗い瞳で町を見渡す。カナナはぽつりと悲しそうに言う。


「ここはまだ町として

「町だろ?」

「今は町じゃないんです。帝国ではそう見做されています」

「ああ? ねえちゃん。いってえ、どういうことだ?」

「大戦の終了間際まで隣国のサモアリナン王国の飛び地で唯一の町だったからです。戦争が終わったときに開放されたとしてますが、その証拠がなく、まだ正式に帝国の町と認証されていません」

「だから好き勝手されてんのか。道理で貴族はダンマリなわけだ。どうなっているか分からんから政治的介入できねえんだもんな」


ヘンリーは笑った。皮肉だったが自然と悪党の笑みになる。


「どうすればいいのか。誰も分からないんですよ」


未だ戦後処理の真っ最中。

100年は掛かるといわれる戦後処理の時代である。

いつかは町として正式に処理されるだろう。

だがその前にこのリナートが残っているかは誰も分からない。


そして言われた通りに教会があった。閉じられた扉の前でヘンリー達は佇む。


「ボロっていうか廃墟だな」

「教会の威光もこの町には届かないんですね」

「ねえちゃんはヴァヴァリアーナの信徒なんか」

「毎日3回の簡単な祈りは捧げていますよ。ヘンリーさんは……神様とは縁遠そうですね。むしろ堕落した悪魔の御使いかなにかのほうがシックリしますよ」

「信徒じゃねえのは確かだけどよぉ。悪魔は何匹か倒したことあっから、ねえな」

「あるんですか」

「言っただろ。色んなもんと戦ったって」

「悪魔は戦い過ぎな気がしますよ」

「まぁな」


そんな感じで雑談していると気付いた兵士たちが近付く。


「おまえたち。なにをしている」


兵士は六名だった。ヘンリーはシードルをあおった。


「なにって、この教会の残骸にヴァヴァリアーナ様も嘆いてるって思っただけだ」

「あなたたちは……?」


カナナは警戒した。

彼等は普通の兵士の服装ではないかった。

帝国軍の兵士や衛兵は白に黒の軍服と鉄の鎧だ。

しかしこの兵士たちは黒と赤のチェッカー模様で鋼の鎧だった。

ヘンリーはだるそうに尋ねる。


「あんたらどこの兵隊さんだぁ?」

「我々を知らないのか。我々はポロムト。ボロポ様の私設兵だ」

「あ? 私兵? 帝国兵じゃねえのか」

「ふん。この町では我らの方が上よ」

「我らを知らぬとは、チンピラ。この町の人間じゃないな!」

「ああ、ちと野暮用でね」

「怪しいヤツだ」

「チンピラ崩れのオッサンが、しかしこちらはなかなか」


兵士の何人かは下品な目線をカナナに向けた。

彼女の身体をまるで全身舐めるように眺める。

その視線を感じてカナナは不機嫌に手で身体を隠した。


「な、なんですか。わたしは冒険者ギルドの職員ですよ」

「なに。ギルドの?」

「ギルド職員は把握している。見覚えないぞ」

「ジークフォレストからこちらに用事があって来ています」

「そういえばジークフォレストで見たことあるな。酒浸りのこんな感じのオッサンにセッキョウしていたギルドの受付嬢だ」

「へえ、おめえら。冒険者か」

「元だ。今はポロムトだ」

「さっきからなんだその言葉遣いは!」

「我々はポロムトであるぞ!」

「そうだ。ポロムトであるぞ!」

「ボロムトだぞ!」

「控えよ下郎!」


偉そうに兵士たちは槍を向ける。

ヘンリーはへらへらした態度を崩さない。


「おう。そうかい。俺はヘンリーだ」

「ヘンリー……ひょっとしてセコ盗みのヘンリー」

「いや星逃しのヘンリーだろう」

「あー、そういうのもういいんで。どうせオチはヘヴンリーだろ」


雑にヘンリーが切ると、兵士たちは激昂した。


「貴様。俺達を舐めているのか!」

「ポロムトに逆らうんだな!」

「容赦はせんぞ!」

「そこのギルド職員を名乗る女も怪しい!」

「例の隠れ家について知っているかも知れん」

「隊長。両方とも逮捕でありますか」

「いやこのオッサンは生意気だからシドウしろ。死んでも構わん」

「了解であります!」

「連れて行くのは女だけだ」

「ちょっとなにを」


カナナは身の危険を感じた。

兵士たちは口々に言う。


「みっちりと取り調べをしないとな」

「昨日の女と同じぐらいな」

「よし。おまえら3人でそいつをシドウ!」

「「「了解であります!」」」

「俺達はこの女を連行する」

「さあ来い。女!」

「なぁ、よぉ。ひとついいか」


ヘンリーはシードルをあおる。


「なんだ貴様。まだそんな態度をとるのか」

「シドウだ!」

「死んで後悔しろ。チンピラクズが!」

「シドウねえ。あんなぁ。おめえらよ。いい歳して童貞のガキかよぁ? ったく女と見ればすぐ腰を動かすことしか考えてねえのは、あれだ。最近だと直結厨って言うらしいぜ。ボロ……まぁいいや。おまえらあれだな。直結厨の兵だから直結兵だな」

「シドウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「俺達も加わるぞ。野郎こま切れにしてやるっっっ」

「ぶっころおおぉぉぉすすすすぅぅぅ」

「「「了解であります!!!」」」


兵士たちは激怒した。

まず手前の兵士Aが剣を抜いてヘンリーに切り掛かる。

続いて兵士Bが槍を真っ直ぐ向けてヘンリーに突撃してくる。

兵士Cも剣を抜いて、兵士Aより速く切りつける。

兵士Dは槍を構え、ヘンリーを間合いに捉えると薙ぎ払う。

兵士Eは軽やかなステップで背後からヘンリーをナイフで狙う。

兵士Fは斧槍を思いっきり掲げ、力いっぱいにヘンリーの頭上から振り下ろした。


一斉に四方から彼等はヘンリーに攻撃する。

その連携と速度は眼を見張るモノがあった。さすがは腐っても元冒険者だ。

―――が、ヘンリーにとっては欠伸が出るほど遅かった。


ヘンリーは剣を逆手に持つ。

するとヘンリーの全身像が空間が一瞬だけブレる。


「「むっ?」」


兵士Aと兵士Cが警戒してスピードを落とす。

ヘンリーは肩幅に脚を開き、軽くステップを踏むと消えた。


「【片翼乱舞】」


瞬時だった。

左右左右からの1、2、3、4撃で兵士Aは冥府へ吹っ飛び。

斜め右下下の5、6、7斬で兵士Bは切り刻まれ。

左上斜め下8、9、10、11、12切りで兵士CとDはズタズタになってしまい。

右上左下前後の13、14、15、16、17、18断で兵士EとFは旅立った。


そしてほぼ同時に彼等は物言わぬ肉塊となって落ちた。

それはカナナが瞬きする間に起きた血の剣劇である。


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