第30酒:昔より剣の腕が落ちてやがる。

あの後、しゃあねえなあとドーソンの盾をヘンリーが剣で真っ二つにした。

見事な盾の切り口にしっかりと木目。叩くと良い木の音がした。

どうやら盾の材質は悪くないようだ。

テリとドーソンは口をあんぐりと空けて愕然とした。

ドーソンは依頼を取りやめた。






路地裏ウスノロ通り。酒場『鉄ハ血潮ニ流レ亭』。

営業時間なのに人がいない。この先もずっと居ないのだろう。

唯一の客は彼等だけだ。ヘンリーとカナナはカウンターに座っている。


「へぇ、なかなか味がある店だな」

「そいつはどうも」


店主はヘンリーの前に開けたエールの瓶を置く。

ガリレイ=モド。丸めた頭で濃い髭の男だ。筋骨隆々の身体をしていた。

『鉄ハ血潮ニ流レ亭』はまるで洞窟のような内装だ。

昔、ガリレイが働いていた鉱山採掘の酒場を再現している。

洞窟のような酒場とは、どんな鉱山だったのか。


「ジョッキじゃねえのか」

「この町では酒は瓶で出すんだ」

「そいつは野蛮だな」


ヘンリーは笑って瓶を手にするとグイッッと斜めにラッパ飲みした。

ガリレイは苦笑する。


「どっちが野蛮だ。しっかし驚いた。カナナちゃんが男を連れてくるとは」

「全然違います! このオッサンは、単なるろくでなしの酒カスですから!」

「なんだって?」

「相変わらず辛辣だなぁ……いや他の連中に比べると優しいほうか?」


ここ最近、罵倒の基準が混沌としてきたヘンリー。


「ま、ゆっくりしてってくれ。カナナちゃんの連れなら歓迎だ」

「ありがとよ。それでよう。ねえちゃんはなんでこんな町に居るんだ? 観光でもマシなところは沢山あるのによ。帝都だって転移で直通だろ」

「リナートは一時期、弟と一緒に暮らしていたんです」

「ねえちゃん。弟いるのか」

「もう何年も会っていません。わたしも弟もこの町から離れていたんですよ」


カナナはエールの瓶を一気飲みする。

ヘンリーはそういえばねえちゃんとは飲みに行ったこと無かったなと思った。

ドンっとカナナは瓶を置いた。良い飲みっぷりだ。


「じゃあなんでこの町に来たんだ」

「それよりヘンリーさん。野暮用ってなんですか」

「あー、探し物がある」

「こんな町で?」

「そいつは、ひょっとしてゴーモの隠れ家ってヤツかい」


ガリレイが話に入ってきた。

ヘンリーはエールをお代わりする。


「いいや。俺が探しているのはバロメッツ商会だ」

「バロメッツ商会? バロメッツってあの羊の木のですよね?」

「たぶんな。それで店主よ。聞き覚えあるか」

「うーむ。心当たりがない。そういうのは市場の方で聞いたほうがいい。ただ気をつけろ。ゴーモの隠れ家っていうのをボロポは躍起になって探して、片っ端から捕まえている。特に余所者は絡まれるだろう。腕に覚えが無ければ諦めたほうがいいぞ」

「ああ、そんときはそうする」


てきとうに応じて、ボロポって誰だと思うヘンリー。

カナナはエールの瓶を飲み干して言った。


「ヘンリーさんは強いから心配ないですよ」

「そうなのか。見掛けに寄らないな」

「見掛け通りのろくでなしですけどね」


がははっと笑ってガリレイは新しいエールの瓶をカナナの前に置く。


「なあ、エール以外ねえのか」

「ウイスキーは切らしていて、シードルならある」

「チッ、じゃあそれでいい」


シードルは林檎酒だ。

ガリレイはシードルの瓶をヘンリーに渡す。


「エールは嫌いかい」

「いいや。飲み過ぎて飽きただけだ」

「飽きるほど飲む。ひょっとしてあんた。大戦時の傭兵か」

「いいや。一介の兵士だった。まぁ色々なのと戦ったりはしたけどな」

「ヘンリーさん。やっぱり大戦時に参戦していたんですね」

「……徴兵令で兵士にされてからずっとだな」

「16歳からか」

「まぁそんなもんだ」

「ガリレイさん。飽きるほど飲むのと傭兵に何の関係があるんですか」


カナナは疑問に思った。ガリレイが話す。


「大戦時の傭兵は一番安いエールしか飲めなかったから浴びるほど飲んで今は飽きているっていう逸話だ」

「兵士も不味ぃエールしか支給されなかったから同じだな」

「そうだったんですか」

「つーと店主は傭兵かよ」

「15年前に辞めた。腰を痛めてな」


ガリレイはフッと笑う。


「腰か。俺もなんか最近なぁ」

「いつも猫背だからですよ。あと酒浸りだから運動不足もありますよ」

「あぁー、運動不足はここんところ実感してきた。昔より剣の腕が落ちてやがる」

「…………え」

「年をとるとそう感じるんだ。若い頃とは違う」

「まぁな……」

「……」


カナナは納得いかなかった。

これで剣の腕が落ちていると言われたら、我が町の竜殺しの英雄の立場が無い。

冒険者の最高位・至宝級に届かんとする冒険者ディンダ。

彼女はヘンリーに負けている。しかも聞いた限りだと二度も。


「どした。ねえちゃん。酔ったかぁ?」

「まだこれくらいでは酔えませんよ。どれだけ飲んでも酔えない気がしますから」

「ねえちゃん……どした。なんか雰囲気がよぉ」


急にカナナは立ち上がった。


「帰ります」

「待て。帰るって、カナナちゃん。泊る場所はあるのか。今のこの町の宿は女ひとりで泊れるようなもんじゃない」

「もちろん。知っていますよ。冒険者ギルドの使われていない仮眠室を借りることが出来ました。しばらくはそこで寝泊まりします」

「そうか。ギルドならひとまず安心か。なにかあったらすぐ連絡くれ。店はいつでも開けておく。それと帰りは黒道使え。許可は取ってある」

「ありがとう。ガリレイさん」

「いいってことよ」

「それとヘンリーさん」

「ん?」

「明日の朝。ギルドで待っています」

「あ? ああ」

「それではおやすみなさい」


カナナは一礼すると出て行った。

ヘンリーはシードルをぐびぐびっと飲む。


「なぁ、黒道ってなんだぁ?」

「地元民が管理している裏道だ。ボロポたちは知らないし許可が無いと通れない」

「なるほどなぁ、そこまでしないといけねえのか」


ガリレイは尋ねた。


「ところであんた。宿は?」

「あー、どっかあるか」

「この町にまともな宿はもう無い。店の二階が空いているから自由に使え」

「いいのか」

「―――久しぶりにに会えたんだ。これぐらいはさせてくれ」


ガリレイはエールの瓶を持つ。ヘンリーは察した。


「戦場に」

「平和に」


乾杯する。



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