第29酒:隣町でも冒険者ギルドの片隅で酔っぱらっているたまにウザいオッサン。

ジークフォレストから東へ行くと森がある。

名も無き森を超え、巨石遺跡群を背景に進むと町が見える。

徒歩で5日。馬車で2日の距離だ。


その町がリナート。

面積はジークフォレストの半分。人口もそれくらい。

ギルド。教会(廃墟)。武器防具雑貨屋(ボッタクリ)。

酒場。町に必要なのは一通りある。

第一印象はなんといっても暗い。廃れている。寂れている。

活気と勢いあるジークフォレストが光ならその影はリナートといえる。

そしてリナート最大の特徴。治安が圧倒的に悪い。

衛兵も居るが買収されているのでほぼ役に立たない。

立ち寄る観光客なんていない。この町に来るのは親類かワケアリだけだ。


そしてこの町を支配しているのは町長ではない。

ガーゴファミリーの幹部ボロポだ。


ボロポの屋敷。執務室。


「その隠れ家。本当にあるんだろうな?」


ボロポ=シカクイネンは葉巻を咥えながら訪ねる。

四角い顔で眼つきが鋭い男だ。背も高くガタイがいい。

特注品の高級スーツに身を包んでいた。

彼の後ろの壁には武骨な古い大剣が飾ってある。

壁紙からカーテンまで高級品ばかりが並ぶ執務室に異様な違和感を醸し出している。


「ヘイ、この町のどこかにゴーモの隠れ家がありやす。本人がひどく酔ったときに聞いたんです。そこには凄いチカラを隠してあるって言ってやした」

「ゴーモはドン・ガーゴと同じ大幹部だった。凄いチカラか」


ボロポは葉巻の灰を灰皿に落す。

しばし思案顔をしてから言った。


「よし。命令だ。全員に伝えろ。隠れ家を探せ。町中を洗いざらい探せ。それと情報を知っているヤツ。怪しいヤツ。秘密を知っているヤツ。片っ端から捕らえろ! 衛兵も使えっ!」

「ヘイっ! わかりやしたっ!」

「見つけたヤツにはボーナスをやろう」

「わかりやしたっ!!」

「逆らうヤツは殺せ。容赦するな」

「ヘイ」

「以上だ。行け」

「ヘイ。失礼しやすっ!」


男は一礼して立ち去った。急いで命令を伝える為に走る。


「このボロポ様の時代がついに来るか。シッカカカカカカカククククィッッッッ」


ボロポは笑った。怖い笑顔で変な笑い声で不気味しかない。

だが笑いが止まらない。

そうだこの町で彼に逆らえる者は誰もいない。

リナートは彼のモノだ。

誰も彼には勝てない。


なおボロポ=シカクイネンの破滅まであと4日。









亜麻色で前髪をくるっと巻いた美人がリナート衛兵本部前で門前払いされた。

カナナ=センチュリーだ。


「なんで! 弟が捕まっているんです!」

「とにかく近付くな」


門番をしている衛兵ふたりがカナナに槍を向ける。

その全身鎧の姿は鋼鉄の塊だ。見る者を圧倒させる。


「わたしはジークフォレストの冒険者ギルドの職員ですっ」

「どうせ受付嬢だろ」

「それはそうですけど、受付嬢の責任者をやっています」

「それがどうした」

「弟に、ジェイムズに面会できないとはどういうことですか」

「ヤツは殺人容疑で捕まっている。街の名士ボロポさんの部下を殺した疑いだ。面会は親族だろうと出来ない。帰れ」

「町の名士ボロポですか」


ボロポが名士などではなく単なるギャングだって皆知っている。

衛兵のひとりが兜の下でため息をついた。


「とにかく帰れ。入れることは出来ない」

「大人しく帰らないと、おまえを捕らえることになるぞ。受付嬢」

「……分かりました」


そうまで言われると従うしかない。

カナナは悔しさを握りコブシに秘めて立ち去った。

その足で向かうのは酒場『鉄ハ血潮ニ流レ亭』ではない。宿でもない。

弟のジェイムズが借り住んでいる集合共同住宅アパートメントでもない。


この町の冒険者ギルドだ。

ジークフォレストのような大通りにはなく、ひっそりと横道にあった。

寂れた三階建ての小さな白い建物だ。軋む扉を押して入る。

すると肩ほどで切り揃えられた黒髪の可愛い受付嬢がカナナを見つけて走ってきた。


「あっ、よかった。カナナさん!」

「テリ。どうしたんですか」

「困ったことが、あの、どうしていいのか。こんなの初めてで!」

「落ち着いて。なにがあったんですか」

「オッサンが!」

「……オッサン?」

「は、はい。今日の昼からチンピラっぽい酔った変なオッサンが待合ベンチに居座って、入って来た若い冒険者にたまにウザく―――カナナさん!?」


カナナはまさかと思って早足でギルドの受付の手前にある待合ベンチに向かった。

そこには……オッサンがいた。

だらしなく待合ベンチを占拠した小物悪党面の冴えないオッサンがいた。

海賊船印のラム酒を手にし、若い冒険者に絡んでいる。


「さっきからうっせえんだよオッサン!」

「あのなぁ。てめえはもっと自覚しろ。そのままだと死ぬぞ」

「てめえみたいな酔っぱらいのろくでなし冒険者に何がわかんだよっ!?」

「俺は冒険者じゃねえぞ」

「じゃあなんなんだよあんた!?」

「俺はヘン」

「ヘンリーさん」


呼ばれてヘンリーは振り向く。汚く笑う。


「ヘッヘヘヘッッ、よう。ねえちゃんじゃねえか。なにしてんだ? 転属か?」

「それはこちらのセリフですよ。なんでこんなところにいるんですか」

「ちょっとした野暮用だ」

「ディンダ様たちから聞いてますよ。今も牢に居るはずですよね。まさか脱獄したんですか!? 逃げてこの町に……っ?」


カナナの発言で周囲がザワザワする。


「してねえよっ! とっくに釈放されたんだよ。人聞き悪いこと言うんじゃねえ」

「ごめんなさい。そういう町だからつい」

「噂にきくひでえ町だな。入って絡まれたのはさすがに今まで無かったぞ」


もちろん全員叩きのめして迷惑料は徴収した。

金はいくらあっても困るもんじゃない。


「カナナさん。こ、このオッサンと、お知り、知り合いなんで……?」


テリが遠巻きにして怯えるような顔で尋ねた。


「ジークフォレストで同じことをしているので不本意ながら知り合いです」


カナナはため息をついた。


「ジークフォレストでも同じことを……しているんですか……」


テリはドン引きした。


「んでだ。ねえちゃん2号。そいつ止めろ。死ぬぞ」

「テリ=マルタンっていう名前があるんですけどぉ……カナナさんっ」


テリは縋るようにカナナに視線で助けをもとめる。

カナナは若い冒険者を一瞥してから訪ねた。


十代後半か二十代前半の青年だ。

金属製の鎧を着て帯剣して分厚く丸い鉄の盾を腕に付けていた。

特におかしいところはない。受けた依頼も薬草採取とスライムを3匹の退治。

彼は石ころ。初心者だ。特におかしいところはない。


「ヘンリーさん。本当に彼は死ぬんですか」

「ああ、このままだとその可能性がバカたけえなぁ」

「なんだとぉっ!?」

「なんてこと言うんですかっ」

「あのなぁ。おめえの装備がわりぃんだよ」

「装備……?」

「おう。おめえ。名前は?」

「ドーソン。ドーソン=デハンコレダケネン」

「そうか。石っころ。スライム退治したことあんのか」

「な、ないけど。あの名前」

「石っころ。装備一式のやつ買ったな。しかも店員に勧められたか」

「な、なんでそれを!?」

「やっぱりな。しかしこれまた、ひでぇなぁ。鉄の質が悪すぎる」

「質が悪いってこんなにピカピカで、さ、錆なんて無いじゃないですかっ」

「値段以上って言われたぞ!」


テリとドーソンはヘンリーを睨む。ヘンリーは酒を飲む。

カナナは冷静に尋ねた。


「ヘンリーさん。そんなに酷い装備なんですか」

「ああ、見事に騙されたなぁ。ヘッヘヘヘッッ、表面だけ立派に加工して中身はクズ鉄のクソ装備だ。軽く鉄塗りってやつな。んなもんスライムで一瞬に溶かされるぞ。その剣も切れ味試してねえだろ」

「た、試してない」

「今度から試してから買え。木の剣でもマシなのは沢山ある」

「え!? 木!? 鉄の剣だって」

「ヘッヘヘヘッッッ、練習用の木剣に軽く鉄をコーディングする。そうするとゴリッパな鉄の剣が完成ってわけだ」

「こ、これが!?」

「妙にキラキラしているからコーティングの腕も悪いな。巧いヤツは本物の鉄の質感を再現するからなぁ」

「それは自慢にならない技術ですね」

「ねえちゃん。そいつは違う。騙す為にある技術じゃねえ。コーティング技術は元々戦時中で鉱石が足りなくて武器が造れなかったとき、大量のボロ剣をどうにか出来ないかというところから始まったからな。しっかり技術を持ったヤツの塗りだとちゃんと切れ味も良くなるんだ」

「それじゃあ俺の剣はしっかりしてないっていうことかよ」

「シッカリどころかよ。切れ味無くしているからなそれ」

「え?」

「あと、その腕に付けている分厚い盾な。そいつも木製だ」

「へっ? 木製!?」

「あんまり重くないだろ。その分厚さで全部が鉄なら片腕で持つのは、石っころだと無理だ。腕が折れるかぁ肩が脱臼だなぁ」

「そ、そんなぁ…………」

「確かに鉄の塊なのに軽々なのは妙だと思っていました」

「ちょっと、な、なんで一目だけでそんなことわかるんですかっ」


テリはさすがにおかしいとヘンリーを怯えながらも訝しむ。

ヘンリーはラム酒をぐびぐびっと飲んだ後、言った。


「そりゃあ分かるからだ。ねえちゃん2号」


テリはポカーンとして、カナナは思わず笑った。

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