第28酒:ゴーモの日誌。

ヘンリーはロンリーウルフをぐびっと飲んだ。

ワイングラスなどは使わず瓶を握って豪快に飲む。


「ロウルド司祭? 凄いチカラ? それを探すってわからんなぁ」

「理由はしっかり説明しますわ」

「まぁそりゃあな」


ゆっくりと飲む。

ロンリーウルフはまろやかに甘い。その味は意外なモノを目指していた。

一時期、鉛をワインに入れる手法が流行った。

だが鉛が酒に溶け、鉛中毒者が続出し、死者も出たので現在は禁止されている。

そのまろやかな甘みを鉛無しで再現したのがロンリーウルフだ。


そんなヘンリーに微笑してイシュカーナは淡々と語り始める。


「幼少の頃。私には憧れていたお姉さまが居ましたの。羽冠はねかむ族で黒い羽根が濡れたように映る綺麗な銀髪のお姉さまでしたの。実の姉ではありませんわ。ミールーン子爵家の屋敷の庭を管理している庭師の孫娘ですの。普段は村に住んでいて、たまに庭師の手伝いで屋敷に来る。だから彼女が来るときは、楽しみで愉しみで仕方ありませんでしたわ。優しくて少しドジ。料理もヘタでしたわ。でも博識で特に花には詳しかったんですの。将来は庭師を継ぐと言っておりましたわ」

「……」

「ある日からお姉さまは来なくなりましたの。理由を聞いても誰も答えず、お父様と話をした後、庭師も出て行きましたわ。代々ミールーン子爵家の庭を管理していたのに突然……でも戦争中だったからそういうこともあり得ると思ってましたの。悲しいけれど仕方がない。やがて泥沼の大戦が終わり、今から5年前。聖銀騎士団の第二騎士隊が盗賊団を壊滅させましたの。そのとき洞窟の奥にあった牢屋に……女性の全裸死体が見つかりましたわ」

「……」

「銀髪で黒い濡れ羽根。間違いなくお姉さまでしたわ。それを知った私はお父様に聞きましたの。いったい5年前に何があったのか問い詰めましたわ。それでお姉さまが行方不明になっていること。他の件もあって懸命に探したが見つからなかったこと。それで庭師が仕事を辞めたこと。大まかにですけど語ってくれましたの」

「例の件ってなんだ?」

「当時、近隣の村や町では何人かの子供と女性が行方不明になる事件が多発しておりましたの。お父様は聖銀騎士団に命じて調査をしていたみたいですわ。周辺の盗賊団は全て駆除されましたの」

「解決してるじゃねえか。司祭はどう関係あんだ?」

「一連の誘拐事件の黒幕ですわね。彼はロウルド司祭は飛び地の村と町の教会を統括する司祭ですの。教区司教アサカンの右腕。敬虔な方というのが世間一般の信徒たちの印象でしたわ。私もそう思ってましたの」

「そのロウルドが黒幕ってなんで分かった?」

「皮肉にも盗賊団に捕まったときでしたわ。信じられない会話が聞こえたんですの。『エルフ。そーいえば5年前の羽冠はねかむ族の女は実に良かったなあ』―――男は駆除された盗賊団の生き残りでしたの。後で証拠を読んで、ロウルド司祭は捕らえた盗賊団の殆どを逃がしていたとわかりました。司祭という地位と教区司教アサカンの右腕という権力を使って……おぞましい」


憎しみに満ちた顔をするイシュカーナ。

ヘンリーは飲む。


「ようある話だな」

「あなたのおかげですわ。ヘンリーさん。あなたが助けてくれたから私はこの証拠を見つけることが出来ましたの」


イシュカーナは一冊の本をテーブルに置く。

随分と使い古されてボロボロだ。


「なんだこの汚ねぇのは」

「盗賊団のボス。ゴーモの日誌ですわ」

「日誌ぃ? 盗賊団のボスが日誌……だと」

「見た目に反してマメだったんですね。ワタクシは三日目でラクガキ帳になります」


シャーニュがコップに入れたラム酒を飲んで言う。


「私も毎日書くほどの出来事は無いので日記はつけてませんわ」

「ヘンリーは……聞かなくても別にいいです」

「なら言うなよ。盗賊団のボスが日誌とはまたなぁ。日誌に何が書いてあったんだ」

「日々の愚痴やパトロンに対しての恨み辛み。部下の使えなさで胃が痛い等々」

「意外と神経質かよ」

「盗賊団のボスって中間管理職みたいです」

「間違ってねえけどなんか間違ってんなそれ」

「しかもこの盗賊団のボスは5年前の盗賊団の生き残りでしたの。ロウルド司祭に対して恩義はあるけれど全く信用していないと。だからいざというときの切り札として、ロウルド司祭を滅ぼす凄いチカラをリナートの隠れ家に隠したとありましたわ」

「リナートは隣町だな。行ったことはねえが確かあの町は―――あー、なるほどなぁ。それで俺に頼んだわけか」

「はい。恩人にこのようなことをお願いするのはとても卑しい行為です。ですが私にはこうするしかなかったんですの」

「ひとつ気になるんだがよぉ。こいつは令嬢のワタクシゴトか?」

「はい。私事ですわ」

「そんで、この凄いチカラをどうするか知らんが、こいつは復讐だよな。殺された憧れのひとの復讐。違うか?」

「はい。そうですわ」


イシュカーナは平然と笑顔で答えた。


「なんでミールーン子爵や聖銀騎士団。身内に頼らねえんだ?」 


ヘンリーは訝しげに尋ねるとイシュカーナは即答した。


「信用できないからですわ。父のミールーン子爵は裏で彼等と繋がっている可能性がありますの。聖銀騎士団も……全てを信頼できないというわけではありません。ですがアレキサンドルみたいなのが他に居ないとも限らないですわ」

「なるほどなぁ。ようは絶対に邪魔されたくねえんだろ」

「はい。おっしゃる通りですわ。邪魔は全くされたくないんですの」

「よぅ、俺が断ったらどうするんだ?」

「それは私自ら」

「ワタクシが探してきます」

「シャーニュ。いいえ。これは私の問題ですわ」

「何を言っているんですか。お嬢様の側に仕えて守る。それがメイドたるワタクシの使命です!」

「守るのはメイドの使命じゃありませんわ!? それにあなたはホッスロー辺境伯の実の妹ですのよ。本来ならば私よりも遥か上。それを忘れては困りますわっ!」

「そんなの秒で忘れました。今のワタクシはお嬢様のメイドです!」

「シャーニュっ!」


彼女は真っすぐ嘘偽りない真摯な瞳でイシュカーナをみつめる。


「ですからこれはワタクシが為すべきことなのです。この命に代えても」

「わかったよ。俺がやってやる」


ヘンリーはロンリーウルフをぐびっと飲んで呆れたように言った。

イシュカーナとシャーニュは途端に喜ぶ。


「あ、ありがとうございます。もちろん。しっかりと御礼はさせて」

「御礼はいらん」

「えっ、御礼はワタクシとお嬢様ですよっ!? ふたりともですよ!?」

「シャーニュ!?」

「絶対にいらん。あのなぁ、考えてみろ。いいか。報酬貰ったらそれ働いたことになるじゃねえか。俺はなぁ。絶対に働きたくねえんだよ」

「えぇ……なんですそれ」

「それは確かにそうなりますわ? そうなりますけれど、なにか間違っている気がしますわ。根本的に」

「お嬢様。考えたら負けです。でもタダ働きです」

「タダは、さすがにそれは貴族として看過できない矜持ですわ」

「知るかよそんなもん」

「そもそも、なんで引き受けてくれたんです。ヘンリー」

「私も思いましたわ。恩人にこのような事を頼むのは不躾で断られても仕方がないと覚悟してましたの。いくらシャーニュが言うこの世の全てのろくでなしのクズが最後に辿り着く町に入るのに一番の最適任者だからって、恩人にこんな危険な真似をさせるのは葛藤がありましたの」

「爆弾女。後でケツ叩き10回な」

「えっ、ヘンリーとそういうプレイはまだ早いと思いますっ、興味はあります」

「ヘンリーさんっ!?」

「ちげえぇよ! 新しい扉開こうとすんじゃね。あー、ったく俺が引き受けたのはなぁ、ったくよぉ」


ヘンリーは悪態つきながらロンリーウルフを飲み干して、言った。


「牢から出してくれたからだ」


その答えにぽかんとする二人。


「だからこれでチャラだ」


そしてこの娼館の酒代が入っていないのは、いかにもヘンリーらしかった。







隣町リナート。

路地裏ウスノロ通りの先に酒場『鉄ハ血潮ニ流レ亭』がある。

それほど広い店内ではないが営業時間なのに人はいない。


「こんばんは」

「らっしゃい。おっ、カナナちゃん!」


店主は入って来た女性に微笑んだ。

カナナは正面カウンターに座る。

彼女はジークフォレストの冒険者ギルドの受付嬢である。


「久しぶり。向こうのギルドの方、忙しいって聞くぞ。頑張っているんだな」

「おかげさまで火が出そうなほど忙しいですけど……弟のこと聞きました」

「ああ、やっぱりか」

「今度はなにやったんですかアイツ。今どこにいるんですか」

「……それは、まず一杯飲んでからだ。いいだろ」

「わかりました」


カナナは出されたエールの瓶を手にした。


「再会に」

「戻りに」


乾杯して飲む。一気に飲む。


「相変わらず威勢がいい」


カナナはドンっと瓶を置いた。


「ぷはぁっ、それであのバカ弟は何をやらかしてどこにいるんですか?」

「……捕まったよ」

「え……」

「ジェイムズは捕まった」

「捕まった……?」

「ああ、そうだ」

「捕まったって、どうしていったい。何の罪ですか」

「町中の殺人だ」

「……え」


カナナは眼の色を失った。

店主はエールを飲んでからぽつりぽつりと語る。


「アイツはボロポの部下を殺した。ボロポだ。知っているだろ。この町の支配者だ」

「……」


カナナは目の前が真っ暗になった。


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