第27酒:ワタクシたちと一緒にハニームーンはどうです。

続いてイシュカ―ナは頭を深々と下げた。


「あのときは助けていただきありがとうございます。この場に居ない妹の分も御礼することをどうかお許しください」

「いやいや、おい。爆弾女。てめえちゃんと説明したのか」

「説明しましたよ。でも貴族ってほら面倒っちい生態なので」

「ああ……そうだな」

「ちょっと貴族を動物みたいに扱わないで! シャーニュ。あなたも貴族でしょ。それも私より格上の!」

「ヘッヘヘヘッッ。まあ一応。辺境伯の実妹です。ヘッヘヘヘヘッッ」

「汚く笑うんじゃねえよ。どこが貴族だ」

「ワタクシの理想の貴族像です」

「汚らわしいチンピラ小物風情にしか見えませんわ」

「ヘンリーを参考にしてみましたので当然かと」

「えっ、それは、あの」

「どこが貴族だよ」


ヘンリーは空になったラム酒の瓶を真珠貝のカタチのテーブルに置いた。

ため息をつく。


「おまえら。いつもこんな感じなのか」

「割とこんなんでやってます」

「なにがですの?」


きょとんとするイシュカーナ。

ヘンリーはまぁいいやと思った。本当にどうでもいい。


「おい。酒はねえのか」

「本当にヘンリーは酒カスです。こんな美女がふたりもいるのに、ここがどこだか承知していますか? 娼館です。その意味分かります?」

「ちょっとシャーニュ!?」

「あ? てめえらに手を出すくらいならねえちゃんか面白れぇ女に手を出したほうがまだマシだ。いいから酒をよこせ」

「ねえちゃん?」

「おそらく冒険者ギルド受付嬢のカナナさんですね」

「面白ぇ女?」

「龍殺しの麗剣姫ディンダさんのことです」

「あらまぁ……ヘンリーさんはその彼女たちと、お付き合いを?」

「なんもねえよ。つか平然と複数形にするな。酒がねえなら俺は帰るぞ」

「待ってくださいまし。お酒は確かそこの沈没船の戸棚に」


イシュカ―ナは沈没船風の戸棚を探す。

樽を開けると中に沢山の酒が入っていた。


「ありましたわ!」


蜂蜜酒ミードを高々と上げるイシュカ―ナ。

それを持ってくる。


「おっ、あるじゃねえか」

「この黄色いお酒とかどうでしょう」

「……ハニームーンか」

「蜂蜜酒です。最古の酒といわれてます」

「あら、そうでしたの」

「蜂蜜が入っているので甘くて美味しいです」

「甘いのならば私も飲めますわ」


イシュカーナは赤い珊瑚を模した高級ソファに座る。

シャーニュも並んで座るとハチミツ酒をヘンリーに向かって掲げる。


「ヘンリー。ワタクシたちと一緒にハニームーンはどうです?」


そのとき彼女はイシュカ―ナを軽く抱き寄せてセットみたいに扱う。


「ちょっ、ちょっとシャーニュっ?」

「ハニームーン。どうです?」

「ニヤニヤして言うんじゃねえよ。ったく爆弾女め」


ヘンリーは嘆息して彼女たちに背を向けた。

樽の中を探す。


蜂蜜酒。ミードという。

一説によれば世界最古の酒である。

泥沼の大戦が始まる何千年も前から存在している。

そして蜂蜜は古来より滋養強壮が優れていることが知られていた。


蜂蜜酒はハニームーン。蜜月旅行ハネムーンの由来でもある。

それは新婚夫婦が1ヵ月間ほど仕事をせず蜂蜜酒を飲みながらする習慣があった。

子作りである。それが蜜月旅行ハネムーンとなった。

つまりやることはあまり変わっていない。

戦時中は廃れていたが最近、この習慣が各地で復活しつつある。

娼館にこの蜂蜜酒があるのはやはり滋養強壮に優れているからだろう。


ヘンリーは眺めて一本の赤ワインを見つけて出した。

影絵の狼が煙草を吸っているハードボイルドなラベルが貼られている。

ロンリーウルフ。高級ワインだ。


「やっぱあるところにはあるんだな」


感心してさっそくコルクを抜いて飲もうとすると、シャーニュが奪い取った。


「あってめえ!」


クルっとスカートを翻して笑う。


「もう。なんで娼館でロンリーウルフ独身男なんてつまんない酒、飲もうとしているんです?」

「おまえなぁ、いいから返せ」

「シャーニュ。何をやっているんですのっ!?」

「そ、れ、と、も。小さい女の子じゃないとコーフンしないんです~?」


安っぽいがどこかイラつく挑発。


「……ったく」


ヘンリーは髪を掻いてからロンリーウルフを奪い返した。

ついでに彼女の大きな尻を軽く叩く。


「うきゃあんっ!」

「爆弾女。いい加減にしろよ。次はこんなもんじゃすまさねえぞ」

「いたたっっ、もう乱暴に扱わないでくださいっ」


シャーニュはお尻を撫でて涙目で怒る。

ヘンリーは笑った。悪党面の嫌な笑みだ。


「まったく、シャーニュったら子供みたいで申し訳ないですわ」


イシュカーナは頭を下げる。彼女の主人として恥ずかしい思いでいっぱいだ。

ヘンリーは気にすんなとロンリーウルフのコルクを開けて口につけた。

ぐびっとまず飲む。飲み方が実に乱暴だ。


「それで、なんでこんなところに連れて来たんだ?」

「娼館は古来から大事な話をする為の密談の場としても使われてきましたの」

「そういう密会は知っているが、本来の使い方じゃねえだろ」

「それはそうなのですが」


チラっとちゃっかり座り直すシャーニュをイシュカ―ナは見る。


「やはりおまえか」

「さすがにお嬢様に場末の酒場の二階はまずいです。だからといって正式な場はヘンリーが無理です」

「そりゃあそうだな」

「ここなら秘匿性の為に馬車で入って来れます」

「確かに馬車ごと建物に入ってそのまま案内されたのは驚いた。つーか。こんな大層なイチョウマエの舞台を用意して、俺に礼を言うだけってわけじゃなさそうだな」

「はい。御礼を言うのは最初と決めてまして、本題は別にありますの。それと謝罪をしなければいけませんわ」

「謝罪?」

「聖銀騎士団のことですわ」

「そーいえば聖銀は令嬢んところの騎士団だったな」

「はい。色々とご迷惑をおかけしましたわ。殺された……第六騎士隊次席のアレキサンドルについては親しいというわけではありませんが声を掛けられて話したことは何度かあるんですの。立派な志を持っていたと思っていましたのに……まさか彼が裏切者で私達を盗賊団に攫わせた張本人とは……今も信じられませんわ。敬虔な信徒でもあったのに、どうしてという気持ちですの」

「そういうのが裏切者になるんだ」

「は、はい」

「そして、そういうヤツの結末はいつも悲惨だ。殺されるか。うまく逃げても重圧と後悔で自殺するのもいる。まぁそれでも生き汚く生き延びるのもいる」

「は、はい」

「まぁ、んなことは令嬢。あんたが気にすることじゃねえ」

「……それは」

「令嬢にとっては身内だったというのは分かる。だがな。んなのいちいち気にしてたらハゲるぞ」

「えっ、は、ハゲ!?」


思わぬ発言にイシュカーナはつい自分の頭頂部に触れる。


「そんなお嬢様がヘンリーみたいな頭部になってしまう!」

「ざけんなてめえっ。俺はハゲてねえよっっ! てめえがハゲろ」

「残念。エルフはハゲないんです。ちょっ、なんで抜刀っ?」


シャーニュは驚いた猫のように立ち上がった。咄嗟に間合いをとる。


「ヘンリーさん!?」

「ああ、大丈夫。今からコイツの頭を剣で剃って剃り込み入れてモヒカンにするだけだから」


まるでチンピラがナイフを構えるようにダラッとした剣の持ち方をするヘンリー。

彼は本気だ。

シャーニュはそれを感じると腰をくねくねさせてゴマ擦り愛想笑いを浮かべた。


「え、いや、あの、ヘッヘヘヘッッ、イヤですよ。ヘンリーのダンナ。ほんのジョークじゃないですか。なんなら四つん這いになって靴舐めましょうか? 得意です!」

「色々なプライドいとも簡単に投げ捨てるなよ。本当に辺境伯の妹かよおまえ」


ヘンリーはドン引きした。


「お恥ずかしいことに事実ですの」


恥じ入るイシュカーナ。耳まで真っ赤だ。

ヘンリーは剣を仕舞った。


「令嬢。遊びはここまでだ。そろそろ本題に入ろうぜ」

「は、はい。そうですわね」

「つかよぉ令嬢。ひとつ気になるんだが、あんたのオヤジ。ミールーン子爵はこのこと知っているのか」

「いいえ。父は、ミールーン子爵は何も知りませんわ。知っていたら嫁入り前の大事な娘との密会場所を娼館にさせませんわ」


くすくすっとイシュカーナは笑う。


「そりゃそうだな」

「父に内緒ですの。聖銀騎士団の騎士団長様と第六騎士隊の隊長様のご協力を得て、私はヘンリーさんの前に居るんですの」

「なんか俺によっぽど深ぇことを頼みてぇみたいなツラだな」


ヘンリーは察する。

イシュカーナは微笑みながら真剣な表情を彼に向けていた。

彼女は息を小さく何度か吸って、吐いて、意を決したように瞳を揺らして言った。


「はい。実はヘンリー様にどうしても探して欲しいモノがあるんですの」

「探し物?」

「ロウルド司祭の凄いチカラですわ」

「誰?」


実は聞き覚えがあるのだが、例によって例の如く全く覚えていなかった。

ヘンリークオリティ。

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