第23酒:折ったことがあるからなぁ。ヘッヘヘヘッッッ。

ヘンリーは人気のない裏道を歩いていた。

最近、街が賑やかになって静かなところを歩きたくなったからだ。

何か後ろめたい犯罪者の心理みたいな性質である。

だが実際、その生き方はかなり後ろめたい。


そーいえばこれがあったなと雑貨屋でスキットルを購入し、それで飲み歩く。

ボトルを持ってラッパ飲みするよりはかなりマシではある。

かなりマシなだけであってまともではない。


「しかし、なんなんだ。この忙し、かったるさは」


忙しいとは口が裂けても言えない。それは働いたことになるからだ。

俺は絶対に働かない。そう誓っているので労働関連用語は口に出してたくない。

なんともみみっちい。


「あー……村を追い出されてから好きに酒を飲めてねえぇ……」


それは事実と異なっていた。

ヘンリーは大概に全く気にせず好きに酒を飲んでいた。

何を言われようが飲んでいた。ひたすら飲んでいた。

今もフラフラと千鳥足に不審者全開歩法しながら飲んでいた。

好きに酒を飲めないというのは嘘である。

村に居たときの怠慢がそう思わせていただけだ。


ふと子供が『お母さん。あのひとなにしているの?』とヘンリーを指差した。

すかさず母親が『シッ、見てはいけません。あれは人生の敗北者よ。ああなったら人間としておしまいなので決してなってはだめよ。いいわね』と子供に教えた。

子供は『ああなったら人として終わり』と学んだ。

意外なところで教育の役に立っているヘンリー。

そんな道徳教育の大敵アークエネミーは道の途中で立ち止まった。


「あ?」


威嚇で唸る。

白いジャケットを着た白髪黒目の少年がいた。

その顔立ちはどこか中性的だ。


「初めまして」

「あ?」

「ぼくはヘヴンリー」

「ヘヴンリー? それってあれだろ」

「さすがオッサンでも聞いたことあるよね。じゃあはい。おしまい」


何の前触れも動作もなく、それはヘンリーの首を狙った。

瞬きする瞬間すら無い速度でそれはヘンリーの首に刺さる。

それで終わったはずだった。

少年は立ち尽くすヘンリーを下賤と見やって溜息をつく。


「こんなゴミ処理。どうしても誰も」

「おまえにも出来なかったじゃねえか」

「……え」

「どうした。ヘヴンリーちゃん。なにか怖い事でもしたか?」


ヘッヘヘヘッッとわざとおどけてみせるヘンリー。小物ムーブ全開だ。


「そ、そんなはずは、なんで、どうして、なんで、殺せないっ!?」

「おいおい。落ち着け。よく見ろ。


そう言われてヘヴンリーは愕然とした。


「―――っ! み、見えて、見えている。いや知っている……?」


ヘヴンリーは黒い目を点になるまで見開き、全身震えるように驚愕した。

ヘンリーはスキットルをあおってヘッヘヘヘッッと汚く笑う。


「ああ、あれは確かぁ、色っぽいねえちゃんだったなぁ。腰がクネって、そうアラクネだ。上半身裸の絶世の美女。でも下半身は世にも恐ろしい六本脚の蜘蛛ときた正真正銘の蜘蛛女。このアラクネの糸は鉄よりかてぇ。しかもやべえくらい柔軟性がある厄介な代物だ。この糸で造られた剣があるんだよなぁ。名を妖刀アラクネ」

「………っ」

「操るのが極めて難しい暗殺者の極意ともいう剣だ。極めれば気付かれずに相手の首に刺して毒殺できるっていう。毒はアラクネの脚にある。アラクネの糸にしか伝達しない即効性の致死毒。反応が残らないが鮮度も短い。手慣れてりゃあ、死因がわかんねえご死体の出来上がりってもんよ。アケガラスも昔は使っていたが、あまりの難しさに放り投げた。しっかし世の中はでけえ。これを得意として使っていた暗殺者集団。ハッシシだったかぁ?」

「!? な、なんで、なんでおまえみたいな酒カスクズの雑魚おっさんが!?」


ヘヴンリー。さっきから驚くことしかしていない。


「んなの決まってんだろ。戦ったことあるからだ」

「じゃあなんで生きてんだよっ! ハッシシだぞっ!」

「なんだ。ヘヴンリーちゃん。ハッシシじゃねえのかよ」

「なん、なんなんだ!? なんなんだ!? 何者だあぁっっ!?」


ヘヴンリーは腰から別の妖刀アラクネを抜いた。

それは糸だ。

髪の毛と同じぐらい細長く、先端が鋭い、鉄より硬く柔らかい驚異の糸。

その糸を特殊な柄を握って操る。

糸が鋭い牙となってヘンリーを襲う。

触れれば死ぬ死の糸だ。


「何者ってそんなの決まってらぁ」


剣を抜きアラクネの糸を切断した。

眼にとまらぬスピードで襲う鉄より堅いその糸を簡単に切った。


「ヘンリーだ」

「っっ!? だからなんなんだよっおまえはああああっっ!!」


絶叫してヘヴンリーは黒い短剣を抜いた。真っ黒い魔剣だ。

魔力を通して闇の光を剣先から迸らせた。触れれば磨り潰される闇の重粒子だ。


「へぇ、グラビディラか」

「なんでこれも知ってんだよっっ!!」


ヘヴンリーは恐怖にかられながら魔剣グラビディラを振る。

空気を削った重低音が響き渡る。


ヘンリーはひょいひょいひょんひょこと避け、間合いをとった。

だらりとだらしなく剣を垂らす。いつもより力を抜いていた。


「そりゃあよぉ」

「ヴおおおぉぉっつっっ」


吠えるヘヴンリーが横薙ぎする魔剣グラビディラに合わせ、脱力したヘンリーは剣を振った。合わせる瞬間だけ、その一瞬に全力を込める。

バギィイン―——枯れ木が折れるような金属音がして、グラビディラは折れた。


「はあああぁぁっっっ!?」

「折ったことがあるからなぁ。ヘッヘヘヘッッッ」


品のない笑いが人気のない裏道に聞こえる。


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