第22酒:色々動き出すがそんなの関係ねえ。はい対決!

旧国境沿いの砦。

泥沼の大戦時600年より現存する由緒正しい古砦だ。

現在は青銀騎士団預かりとなっている。

本来は帝国辺境軍の管轄であるがホッスロー辺境伯の正式な許可がある。

それと帝国議会の緊急命令もあった。

理由はもちろんドラゴンだ。ドラゴン特需。

カオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン。

その伝説の死骸を迅速に速やかにカオスマウンテンから輸送する為である。


その目的は竜討祭の開催だ。


元・道中宿。

現・ドラゴン輸送中継地の酒場。


「参ったね。弱ったね。元次席が殺されてしまったよ」

「あ? 次元席?」


ヘンリーはなに言ってんだこの軽薄騎士とジト目を送った。

ふたりはカウンターに座って、そして相変わらず真昼間から飲んでいた。

働かず飲む酒はうまい。


「アレキサンドルだよ。覚えてない?」

「あ? あー……あ?……あ? あ?」


ヘンリーは思い出そうと百面相する。

だが全く思い出せない。あと醜かった。小悪党展覧会だった。

ダンディンは笑う。


「羊羹だよ。羊羹の騎士」

「あっ、あーいたな、そんなの。で、そいつが殺された?」

「そう僕は思っている」

「なんだその歯切れの悪い言い方」

「よかったら死体見るかい?」

「不謹慎に軽薄すぎるだろ」

「そのまんまにしてあるんだ。是非ヘンリー君に見て欲しい」

「……はぁ、あんなぁ。何の因果で死体検分なんてしなくちゃいけねえんだよ」

「頼むよ。酒好きなだけ奢るから」

「しゃあねえな」


ヘンリーは渋々とダンディンに案内された。


砦の地下。地下牢の奥。牢の前に見張りの騎士が立つ。


「このままで死んだのか。なんつーか理想的な死に方だな」


ヘンリーは皮肉る。

アレキサンドルは椅子に座ったまま死んでいた。

まるで眠っているようだ。でも死んでいる。


「不思議だろう? 目立った外傷も毒物反応なし。まるで呪いだよ」

「…………」


ヘンリーはジロジロ因縁付けるように腰を低くしたガン見で死体を見回す。


「ア? ア? オ? ゴラァ? 調子のって、オ? これだ」


ヘンリーは首筋を睨みつける。


「首かい」

「よく見ろ。小さく穴がある」

「なんだって?」


ダンディンは眼を細くする。


「わかったか」

「凄く小さい……穴があるね。でもこれだけだと」

「……おう。そこの騎士のねえちゃん」

「あっちょっと」


ヘンリーは見張りをしている騎士に声を掛けた。


「わたしですか」

「あんた。髪は長いか?」

「は、はい」

「長いの一本くれるか」

「えっ?」


彼女は兜を取って困った視線をダンディンに向ける。


「エリッサ。悪いけど言う通りにしてあげてくれるかい」

「わかりました」


エリッサは自分の亜麻色の髪から長いのを取って、ヘンリーに渡した。


「おう。ありがとよ」

「こちらで良ければ」


エリッサはまだ困惑して、怯えに近い暗い顔をする。

気持ち悪がっていた。当然である。

そうとは知らないヘンリーはその髪の毛一本をスキットルのウイスキーで濡らした。

軽く振ると髪の毛がピンっと固まる。

それをアレキサンドルの首の小さな穴へ……ズブズブと入っていく。

ダンディンは眼を見張った。


「……これは」


髪の毛は全部入った。


「こいつの死因だ。刺されて即効性の毒を入れられた」

「参ったねぇ。こんなの分かるわけがない」


ダンディンは苦笑する。暗殺にもほどがある。

ヘンリーはケッと悪態をつく。


「古い手だ。しかも扱い慣れてやがる」

「それはアケガラスの御業なのかい」

「いいや。あれよりも古い……ああ、そうだ。言い忘れていた。黒幕分かったぞ」

「え?」

「アサカンって知っているか」

「もちろん。この辺境の教区司教―――まさか」


ダンディンは察した。


「そのアサカンが羊羹だ」

「うーん。名前が似ているようで似てないし、さすがにそれだけでは」

「他にもあるが、そもそもよぉ。この羊羹の騎士様はどういう経緯で、騎士隊の次席になったんだぁ?」

「彼は元々……教会のパラディン候補だった。推薦人は……ロウルド司祭だね」


いつになくダンディンの声が硬くなる。


「ロウルド?」

「アサカン教区司教の配下だね。なるほど。しっかり繋がっている」


ダンディンは考える仕草をする。


「おいおい。なんで真っ先に変だと思わなかったんだ、あんたがよぉ」

「ははははっ、教会が黒だなんて思うのは君くらいだよ」

「お? てっきりよぉ、あんたもそうだと思っていたぜ」

「ははは。僕は敬虔なヴァヴァリアーナの信徒だよ。我が御霊を聖綬へ。だからアサカン教区司教の名前を出しさえしなけば分からなかったね」


ダンディンは苦笑してお手上げというポーズをとる。


「これで羊羹がえらく臆病な理由が分かった。俺がパトロンって知ったぐらいでアケガラス寄こすような病的な臆病なのも、でも病的すぎねえか」

「しかしそうだとするとこれは大変な事になるね」

「軽薄。もう大変な事になってんだよ」

「そうだったね」

「ったく面倒くせえなぁ……まぁーでもよぉ好都合ちゃあ好都合か」

「それはどういう意味だい?」

「来るんだろ。アサカン。例の竜討祭に参加するって聞いたぞ」

「ヘンリー君。まさか直接とかやらないよね。相手は教区司教だよ。教区司教の意味分かるかな?」


そういうことをするのがヘンリーだ。

ヘンリーはため息をついた。


「知ってらあ。俺もそんな馬鹿じゃねえよ。ただツテはある」

「ツテ……?」

「ホッスロー辺境伯の妹っていうツテだ」

「は? えっ辺境伯の妹!? ちょっ、それはどういう」

「じゃあな」


ヘンリーは行ってしまった。

無理に聞き出すのはドラゴンの尾を踏むと同じなのでダンディンは苦笑して見送る。

実はダンディンにとってヘンリーが勝手に動くのは便利で楽だった。

自分が何もしなくても責任取らなくても物事が解決するからだ。

職務怠慢の何物でもない。まさに軽薄騎士。

女の子をナンパする時間の方が大切なのである。







運命。

それは類い寄せた糸のように時として不可解なまでに出会うことも意味する。

互いに予期せぬ、いいや少しぐらいは予期しても気にしない程度もある。


ジークフォレストのスラム地区に近い裏路地。

人気がない道をひとりの少年が鼻歌交じりで歩いている。

白いジャケットを着た白髪黒目の少年だ。

髪を長く伸ばし、それをひとつにまとめている。

少年は何か目的があってここを歩いているわけじゃない。

たまたま、こっちが近道かなと、あとここいうところ通ってそう。

つまりは勘だ。

通っていたらいいなっていう神頼みもある。


「こういうところ歩くのも久しぶりだ」


どのくらいだったか覚えていない。

戦後なのは確かだったが、そんなことは些細な事だ。


「ヨルカン様も人使いが荒いよ。いくら慎重で警戒心が強いからって、この『ワイルドハンド』のぼくが出張る必要ある?」


『ワイルドハンド』はアラウン大盗賊団の精鋭部隊である。

泥沼の大戦時の傭兵団くずれだが凄腕ばかりを集めていた。

アラウンの三大戦力のひとつだ。

ヨルカンもとい教区司教アサカンはアラウン大盗賊団のパトロンである。

数あるパトロンでも『ワイルドハンド』が護衛に付くほど、かなりの太客だ。

いわば雇い主である。なので『ワイルドハンド』といえど彼の命令は厳守である。


「とっとと終わらせて竜討祭を楽しもうか」


それにしてもと思う。

本当にここ2か月近くで色々と物事が起き過ぎだ。

すると、前方からひとりの男がやってくるのが見えた。


「……ん」


少年いいやヘヴンリーは凝視する。

猫背でトボトボとフラフラと不審げに歩き、右手にはスキットルが握られている。

アルコール度数が高い酒を入れる小型の水筒だ。

地味な服装でどこにありそうな剣を佩いてた。

そして路地裏に1匹見掛けたら30匹は居そうなチンピラ面。

しかもオッサンだ。

最初は酔っ払いのろくでなしかとヘヴンリーは軽蔑した。

こんなゴミカスクズが居るから泥沼の大戦が終わって戦後処理の時代になっても。

世界は一向に平和になった気配すらないんだと憤る。

世界のゴミめとコイツを殺したい衝動にかられる。

もちろん。そんな衝動的に殺すのは、目撃者がいなくても、いや居ないなら殺すか。

そう決めて、だが世界のゴミのひとつが徐々に近づくにつれて気付く。


見覚えがあった。羊皮紙の人相描きで見たことがある。

ヘヴンリーは笑った。


「これはこれは、やっぱり神様に祈っていてよかった」


ヘンリーも気付く。


「あ?」


とりあえず野良犬の様に威嚇した。

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