第19酒:安直過ぎて涙が出そう。


二階の部屋は全部で四部屋。左の奥にふたりは入る。


「暗いですね」

「ランプあるだろ」

「えっと、これですね」


シャーニュはランプを付けた。

淡い魔法光が少しずつ強くなって部屋内を照らす。

部屋はシンプルだ。

少し大きなベッドがひとつ。小さなテーブルと椅子が二脚。

ヘンリーはテーブルと椅子を睨む。


「このテーブルと椅子」

「どうしました?」

「取り調べんときのテーブルと椅子じゃねえか」


砦でダンディンの取り調べを受けたときのテーブルと椅子にそっくりだった。

そのテーブルの上には小さなランプが灯っている。

部屋にはそれだけしかない。シャーニュがテーブルと椅子を興味深く見る。


「おや、このテーブルと椅子。お知り合いですか」

「友人じゃねえよ」

「日常のお供では?」


シャーニュは言いながら椅子に座った。

どこか気品を感じさせる。


「あ? 意味わかんねえんだが」


ヘンリーも座る。行儀悪く、テーブルに酒を置く。


「ヘンリーにとって取り調べはいつものことかと」

「んなわけねえだろっ」


赤ワインだ。二階へ来る前に頼んでいた。

なんか飲みたくなったらしい。本音は飲まなきゃやってらんねえ。

かといってウイスキーは上等すぎる。

とはいえエールはもう色々とお腹いっぱい。

そんな取捨選択で赤ワインだ。


「でもお似合いです。取り調べ」

「おまえよぉ、俺のことなんだと思ってんだぁ?」


ヘンリーはジロリと睨む。

気の弱い男性ならカツアゲ出来そうな眼つきだ。

シャーニュはしれっとしている。


「うーん。なんとなくですが、冒険者じゃないのに冒険者ギルドの酒場のカウンター隅で飲んだくれながら、それだけでも迷惑極まりないのに若い冒険者にウザ絡みしてギルドの受付嬢に睨まれているホントろくでなしの酒カスおっさんです!」

「……あー、無駄話はこれくらいにしてとっとと本題に入るぞ」

「はい。まずヘンリーはハーケーン伯爵家の配下の五頭家を知っていますか」

「興味は微塵もねえが一応な。ミールーン子爵家もそうだろ」

「はい。ミールーン子爵家。パテー子爵家。ガーランド子爵家。オーソン男爵家。エルター男爵家。これが五頭家です」

「で、それがどうかしたってんだ」

「実は五頭家ではないのです」

「あ?」

「幻の六番目のノーブルがあるのです。それがホッスロー辺境伯家なのです」

「……は? つまりホッスロー辺境伯はハーケーン伯爵派なのか」

「爵位的に言えば辺境伯の方が上なのですが、まあそうです」


ヘンリーは赤ワインをラッパ飲みする。


「ミールーン子爵家との領地を巡るイザコザはなんだってんだ? 今日びド田舎のガキだって知ってんぞ」

「ブラフです。ホッスロー辺境伯がハーケーン伯爵派というのは帝国七剣者のルールに反しているんです」

「そういえば同じ七剣だったか」

「はい。七剣者は帝国護法の剣です。それぞれが最高で最強の一振り。決して慣れ合いするべからずっていうのがあるんです」

「大貴族同士が手を組むっていうのはタブーなんだな。まぁ分からんでもねえが」

「ですから揉めているというほうが都合良いんです」

「隠れ蓑ってわけか。めんどくせぇなぁ」

「まぁでも帝国七剣者って実は仲が良いんですけどね」

「なんだそれ」

「仲違いなんてしてたら、いざっていうとき帝国守れませんから」

「至極真っ当だなぁおい」

「というわけでして、ホッスロー辺境伯の妹がミールーン子爵家のメイドになってもいいんです」

「いやそこ脈絡ねえんだが」

「その経緯はあまり面白い話ではないです。主にワタクシが」

「あー大体予想つくわ。つーことは羊羹はそれも知っているってことか」

「それっていうのはなんです」

「ホッスローが幻の六頭ってことだ」

「そうなんですか」

「いがみ合っているミールーン子爵家のメイドをしているホッスロー辺境伯の妹なんてトンデモ小爆弾。そう知ってなければ手を出すなって言わないだろ」

「トンデモ小爆弾とは失礼です。かつてあなたは辺境を焦土に出来るといわれたこともあるんですよ。それが小爆弾なんて失礼です」

「んなの不満に持つな。つか自慢もできねえよっ」

「ところでその羊羹ってなんです? もちろん。ワタクシも好きなお菓子です」

「今回の黒幕だ。盗賊団のパトロンをやっていて、青銀騎士の軽薄騎士隊次席に自分のツバつけた騎士入れて、パトロンのことを知った俺をご丁寧に念入りにアケガラス使まで使って殺そうとしたヤツだ」

「それが羊羹。確かに粘った性格なのは似ています」 

「そうじゃねえよ。それ腐っているじゃねえか。いや腐ってはいるな」


ヘンリーは頷いた。腐った羊羹は食べたくはない。

シャーニュはそういえばと前置きして。


「ワタクシの知り合いにアサカン様がいます」

「アサカン?」

「ええ、羊羹に似た名前ですって言いたかったんですが、今ちょっと口に出したら、あれ。羊羹とあんまり名前似てないのではと気付いたところです」

「見切り発車しすぎだろ。で、どういうヤツなんだ」

「教会の司教様です。ホッスロー辺境地方の教区司教です」

「教区司教。その地方の教会の総まとめじゃねえか。かなり偉いヤツだぞ」

「そうなのですか。へえー、初耳です。ヘンリー。意外と物知りです。意外と見た目からして本当に……本当に……本当に」

「三度も言うな。なんでおまえが知らねえんだよ。辺境伯家との関係も深いだろ」

「はい。アサカン様はミールーン子爵家のメイドになるよう勧めてくれた方です」

「そいつは親切だなぁ。アサカン様」

「はい。あるやらかしで帝国北方の修道院一生軟禁ライフになるところを助けてくれた方でもあります」

「チッ、余計なことしやがって、アサカンの野郎っ」

「態度違い過ぎませんか?」

「まともな反応だ。あー……ちなみにだ。その幻の六頭家。おまえがミールーン男爵家でメイドしていることを知っているの。どんくらい居るんだ?」

「両方ともですか。まずはワタクシ。辺境伯である兄。後はアサカン様だけです」

「おい。その2名だけか……?」

「はい。最高機密ですから」

「安直過ぎて涙出そう」


ヘンリーは思わず項垂れだ。本当に涙が出そうな気分だ。


「どうしました?」

「どう考えてもクロだろ。教区司教」

「クロだとヨルカンです。夜は黒いから、なんちゃって、あっ羊羹に似てます!」

「ああ、そうだなぁ。夜は黒だな。羊羹そっくりだなぁ」


名前の由来が馬鹿馬鹿し過ぎてヘンリーは嫌になった。


「どうかしました?」

「なんでもねぇよ。アホらしくなっただけだ」

「元からなのに?」

「うっせえよ。はぁ、しっかし教会か……クソが」

「やはり浄化されるので苦手ですか」

「魔物じゃねえよっ。苦手っていうか。昔、十二使徒というキンキラの偉そうな上から目線の嫌味ったらしい騎士を5人ほど、ついぶった斬ったことがあってなぁ」

「あらまあ、十二使徒は教会最強戦力であるパラディン最高階位です。そんなことしたら罰当たりレベルじゃない。もはや冒涜です。人類への」

「規模を無駄にでかくすんじゃねえよ」

「というか教会と揉めたんですね。わかります」


うんうん。シャーニュが頷く。


「やった俺が言うのもなんだが揉めたっていうレベルかこれ」

「ワタクシもそういうときがありました。勝手に懺悔室に潜り込んで、ちょうど懺悔しに来た迷えて怯える子羊の庶民男を暇つぶしにヒャッハーな性格のモヒカン庶民男にしたことがあります」

「なにしてくれてんだおまえは」

「なにって、世の中のモノ全てはワタクシのモノ。だから貴方も好きなように生きてもいいんですよ。所詮この世に神なんて存在しませんから。さあ思いっきり心を解放しましょう。飲んで叫んで飲んで叫んで。この世は俺のモノだ。ヒャッハー。ただしワタクシだけには絶対服従です。という唯一無二のワタクシ法を教えただけです」

「冒涜ってレベルじゃねえなぁ」


ヘンリーはこんなのの兄であるホッスロー辺境伯が心底、気の毒になった。


「なおヒャッハーした後に衛兵に連行されてました」

「本当に連行されるヤツが連行されてねえの。衛兵の怠慢だよな」

「まったくです」


しれっとシャーニュ。

ヘンリーは最低の夜だと愚痴って教区司教アサカンをターゲットに入れた。


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