第17酒:場末の酒場で相席するオッサン③
シャーニュは特大ジョッキを飲み終える。
するとどうなるか。またエールの特大ジョッキを頼んだ。
「俺がいうのもなんだが、よく飲むなぁ」
「本当です。でもワタクシお酒は好きです。ところでエールは飲まないのですか」
「あ? なんだ急に」
「ここ最近ずっとウイスキーばかりです」
「あー、それは村で……待て。なんでウイスキーばかりって知ってんだ」
「その前は赤ワインばかりです」
「だからなんで知ってんだよっ」
「ヘンリー。それを今更、聞くのですか」
「あ? どういう意味だ」
「だって、あなたはもう偶然に相席したとは思っていないでしょう」
シャーニュにそう意味深に言われて、ヘンリーはハッとする。
仕組まれていたのか。ヘンリーはヘっヘヘヘヘッッと汚く笑う。
「そいつは……まぁもう思ってねえなぁ」
「でも相席は偶然です」
「おめえぇっっ」
こいつ嫌いだとヘンリーは思った。
しれっと無表情のままシャーニュは発言する。
「あなたの素性と来歴は調べてあります」
「そうだろうな」
完全にバレているからそれはそうだとヘンリーは頷いた。
「コフ村出身。16歳のとき徴兵令により徴兵。10年前、戦争が終わってコフ村に帰郷。しかし帰ってきてから働かず酒浸りの毎日。とうとう妹に村を追い出された日に盗賊団を壊滅せせる。それから町や村を点々とする。現在ジークフォレストに2ヵ月近く滞在。その間に黄金級の冒険者と模擬戦して勝利。青銀騎士団の第六騎士隊の隊長に重傷を負わす。それと刺客として送られたアケガラスも撃退―――ここまで何か間違っていることあります?」
「ねえな。まったく見事なもんだ。お貴族さまのちからってやつは」
「はい。アケガラスが一晩でやってくれたんです」
「……さすがだな……」
「なんというか個人的な感想として、やらかし具合が凄いです」
「やらかし言うんじゃねえよ」
ヘンリーはケッと吐き捨てる。
シャーニュは気にせず特大ジョッキを口にした。
「ヘンリー。穏やかに暮らそうという気はあるんです?」
「へっ、俺は穏やかよりも働かず酒を飲んで暮らしてえんだ。とにかく絶対に働きたくねえんだよ。働いたら負けだと確信している」
言ってからヘンリーはグラスからを傾け、ウイスキーのロックを味わう。
琥珀色の液体がグラスで煌めく。安物でも光る。
「いつ聞いても人生舐めきったカスゴミカスの酷いコメントです」
「カスがひとつ多くね?」
「本当はもう少し多いです」
ごくごくっ、ごくごくっと特大ジョッキを飲み終わる。
そしてすかさずエールの特大ジョッキをふたつ注文する。
「おまえ。さすがに飲み過ぎだろ」
「勝負しませんか」
「は? 何の勝負だ」
「呑み比べです」
「なんでだ、いやマジでなんでだ?」
「ほんの余興です」
「余興だぁ?」
「このまま話をするのも面白いとは思いますが、それでも現状、あまり愉快な会話ではありません」
「おい。そうしたの誰だと思ってんだ。オイ」
「かといって甘酸っぱい恋の話などは出来そうにありません」
「それはそうだ」
誰が好き好んでオッサンとそんな会話したいと思うのか。
しかしシャーニュなら嬉々としてしそうな雰囲気がある。
もっともヘンリーにそんな甘酸っぱい青春はない。
彼の青春は泥沼の戦いの中にあった。
「そうです。もう色気のある話や下ネタとか話しませんか。是非しましょう」
「しねえよ。なんでそうなる」
「こんな場末の酒場で男女が相席しているんです。普通すると思います。この酒場。二階が宿になっているのなんでか知っていますか」
それはそういう使い方も出来るという意味でもある。
実際、この辺の酒場では二階が宿というか部屋があるのは当たり前になっている。
酒場とは男女の出会いの場でもある。
「そういうのはちったぁ、表情を変えて言えよ」
「まあ失礼です。ワタクシ。これでも感情豊かちゃんです」
「はいはい。あー、あのな。別に俺はおまえを口説きたいわけじゃねえ。それなら飲み比べ勝負のほうがマシだ」
「ではしましょう。飲み比べ勝負」
「……まぁいいけどよ」
選択肢が無いので渋々と了承するヘンリー。
元々ヘンリーは勝負事は嫌いじゃない。
ただ今までが面倒で厄介事ばかりだったから警戒はしていた。
「勝負は単純です。酔い潰れたほうが負けです」
「酒は? 俺はウイスキーなのか」
「公平性を考えて両者ともエールにします。よろしいですか」
「ああ、異論はねえよ」
「ヘンリー。あなたが勝ったらどうしますか」
「そうだなぁ。ここの支払いをおまえがするっていうのはどうだ」
「却下です」
「おい」
「元々支払いはワタクシがするので意味がないです」
「ちょっと待て。聞いてねえんだが」
「それではワタクシと同じ条件にしましょう」
「却下だ」
「何故ですか」
「おまえ。俺に勝ったら何をする気だ」
「勝ったら教えてあげます」
唇に指をあててシャーニュはやはり無表情で言った。
「じゃあそれでいい。勝ったら教えろ」
「それでは勝っても負けてもヘンリーに得は無いです」
「余興だろ」
ヘンリーは笑った。
「わかりました。それでは店側と交渉するので少しお待ちください」
「おい。大ごとにすんじゃねえよ」
「効率化の為です」
シャーニュは立ち上がると店員を呼んで厨房へ向かった。
「………………よし。今のうちに逃げるか」
ヘンリーはチャンスだと思った。
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