第15酒:場末の酒場で相席するオッサン①

ここ最近、ヘンリーは夕方近くになると冒険者ギルドの酒場から出る。

この時間帯から仕事を終えたり到着した冒険者や商人や御者で酒場は満席になる。

夜が賑やかなのは以前からそうなのだが、ヘンリーは少し居心地悪さを感じていた。

やはり外から来た者が多いと悪目立ちする。

それが原因で治療院に送られた者たちもいた。


冒険者ギルドを出ると街の中をふらふらっとチンピラ歩きする。

昨日もその途中で連中と遭遇した。

やって来たのはジークフォレストの東の商業区だ。

飲み屋や酒場は南の歓楽地区の方が圧倒的に多い。

だがあそこは娼館や同衾茶屋も多く闇市や違法賭博などなど、治安が圧倒的に悪い。


小悪党面のヘンリーが行けばまず確実に絡まれる。

ヘンリー。アラフォー手前。黒髪黒目で中肉中背。

眼つきも顔つきも悪く無精髭でオッサンだ。

しかし厳つい悪党面じゃなく、チンピラ面なので基本的に舐められる。

服装は最初の村人の貧相な布の服やズボンではない。

それでも一般町人という出で立ちでむしろチンピラ度が増していた。


まさかこんな小物にしか見えないオッサンがだ。

いま辺境で一番人気。最強と呼び声高い。竜殺しの麗剣姫れいけんきとも称えられる。

黄金級の冒険者ディンダに二度も勝っているとは誰も思わないだろう。

なお二度目の勝負も何故か勝者の言うことをふたりともなんでも聞くとなっていた。

どうにかするのに大変だったのは言うまでもない。


ヘンリーも男だ。オッサンだ。性欲はある。もちろんある。

そして彼にも選ぶ権利があった。そう、その権利はヘンリーもあったのだ。

ヘンリーは自分を好きでもない相手とそういうことは出来ないという男だった。

それは一般的な考えとして至極、真っ当で何もおかしいことじゃない。

また彼は自分の容姿や性格や態度から女に好かれないだろうと思い込んでいる。

だが本当に好かれないのだろうか。それは彼には分からない。

それを知っているのは彼に好意がある異性だけで純然たる事実だ。

つまりはろくでなしのオッサンというのは変わらない。


商業地区の場末。この辺まで来ると急に静かになる。

二階建てや三階建ての石造りの建物が連なり一種のドームになっていた。

建物の一部は煉瓦になっているのもあるが木製は無かった。

空が薄暗くなって星が瞬き始める。

ドームには迷路みたいに道があった。脇の小道にはポツンポツンと店が点在する。

武器屋や防具屋や道具屋。それと鍛冶場もあった。

そして右端に酒場もある。とはいってもギルドの酒場と比べると小さい。

正しくは居酒屋だ。ヘンリーが入ると賑わっていた。

見回し空いている席を探すと、二人用のテーブル席が空いていた。


「チッ、空いてるのあそこだけか」


そこしかないので仕方なく彼は座った。

つまみはハムの炙りを頼み、酒をいくつかボトルで注文する。


「……そろそろ潮時かもな」


しばらく飲みながらぽつりとつぶやく。

騒がしくなったことも大きく要因にあるが、ヘンリーは街を出ようと思っている。

ジークフォレストには帝都への直通転陣門がある。

瞬時に王都へ移動できる魔法の門だ。それで帝都に行くのもいいと考えていた。

帝都にはこの街とは比較にならないほど酒場が多い。


「まぁこの街も悪く無かったな……」


なんだかんだ楽しかったとヘンリーは感傷に浸る。

特にギルドの受付嬢カナナには迷惑と世話になった。

そんな似合わない事を考えていると。


「よろしいですか」

「ん? 俺か」


ヘンリーは声を掛けた女性を見る。

地味なローブ姿でフードを目深に被っている。


「はい。ここしか空いていないのでしょうがないですが相席よろしいです?」

「ああ、しゃあねえな」

「ありがとうございます」


女性は座るとフードを取った。

長い金髪に緑の瞳をした美女だった。

耳が横に長く尖っていてエルフだと分かる。

色白で眉目秀麗で気品と麗しさがあるが無表情だ。

まるで精巧に造られた人形が如く硬い。

店員がやってきた。


「いらっしゃませー、ご注文は?」

「エールの特大ジョッキ。それとオススメをひとつお願いします」

「はい。かしこまりましたー」

「そちらはウイスキーですか」

「ん? ああ、そうだ。最近の俺はロックだ」

「わたくしは水割りが好きです」

「水割りか。そういえば王都では炭酸割りっていうのが流行っているんだってな」

「はい。聞いたことがあります。まだ飲んだことありません」

「そもそもよぉ。炭酸ってなんだ?」

「炭酸水という飲み物があります。それは飲んだことがあります」

「へえー、そいつはどんな味だ?」

「形容しがたい味です」

「……なんだ。不味いのか?」

「口の中で弾けた味がします。辛いというのが近いでしょう」

「弾けた? よくわかんねえなぁ」

「はい。よくわかりません」


ちょうど店員がやってくる。


「はーい。注文のエールの大ジョッキとオススメでーす」


エルフの女性の前に注文した品を置いて行く。

大ジョッキに泡いっぱいに入ったエール。

ソーセージ4本と丸々した揚げ物3つ。丁寧に切ったキュウリ三枚と漬物。

それが平べったい銀皿に全てある。これがオススメだ。

エルフの女性は大ジョッキを握る。


ジッとヘンリーをみつめた。


「あ? なんだよ」

「乾杯しませんか」

「……なんでだ」

「ワタクシたちとの出会いにです」

「相席してるだけだろ」

「その相席という出会いにです。ワタクシはシャーニュ=ベルツリィと申します」


名乗って特大ジョッキをあげる。


「……ヘンリーだ」


仕方なさそうに彼もグラスを上げた。

乾杯する。

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