第14酒:人が集まるというのはそういうことだ。

ヘンリー逮捕劇から10日間が過ぎた。


「…………あー」


ヘンリーは相変わらず冒険者ギルドの酒場のカウンターの片隅にだらしなく座る。

そして酒を飲む。腰にはいつもの二束三文に見える彼の剣だ。

逮捕劇の翌日に戻ったとき、ギルドの受付嬢カナナに剣を返して貰った。

そのとき多少なんかあった。

しかしそこはヘンリーのろくでしクオリティ。

そうして今日もヘンリーは酒浸りのオッサンであった。


それにしてもだ。旅をするとはなんだったのか。

もう2か月近くジークフォレストに居座っている。

ただ目的の酒棚制覇は半分を過ぎた。

ヘンリーは、ここからペースを上げようと思った。

やることは変わらない。働かず酒を飲む。それだけだ。

あと羊羹もといヨルカンについてはダンディンに任せている。

蛇の道は蛇というわけじゃないがプロだ。トーシローの出番じゃない。

何か情報が入り次第という具合だ。

さてヘンリーは周囲を見て思った。


「なんか騒がしいなぁ」


そう騒がしかった。忙しかった。慌ただしかった。

今、冒険者ギルドいやジークフォレストの街は大いに活気に沸いていた。

きっかけはドラゴンだ。

ディンダとゴルドブルーの黄金級冒険者ふたりが受けた依頼。

カオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン討伐である。


カオスマウンテンは辺境の難所のひとつだ。というより立ち入る者は命知らずのみ。

ここを突っ切れば貿易都市トレドゥの時短になる。

大回りで8日間かかるのが4日まで短縮される。

カオスマウンテンを開拓できればの話だ。

今まで出来なかった。その理由がこの山に住む超大型魔物である。

このドラゴンが強すぎて邪魔でカオスマウンテンは迂回されていた。

一時は大規模討伐団が結成された。


しかし泥沼の大戦が唐突に始まってそれどころじゃなくなった。

1000年近く放置され、大戦が終わったので討伐依頼が出た。

それから10年過ぎて、ようやく討伐されたのである。


「ドラゴン特需ってヤツか」


ドラゴンはその汗の一滴どころか魂すら余すことなく極上の資源である。

つまり骨の髄まで何年も掛けて活用し商売し金になる。

通常のドラゴンでさえそうなのだ。

その何倍も巨体で強く恐ろしい。

カオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンは至高の資源ともいえた。


「おーおー、世話しなく働けるもんだ。信じらんねえなぁ」


急いでいる冒険者たちを眺めてヘンリーは酒をクイっと飲む。

あまりにも忙し過ぎて昼間もそれなりに埋まっていた酒場の席もガラガラだ。

実質客はヘンリーだけ。カウンターの片隅で座って飲むだけでかなり目立つ。


「ヘンリーさん」

「よぉ、ねえちゃん」


軽く挨拶するとカナナは不機嫌そうに睨んだ。


「困ります。昨日、冒険者の一団と喧嘩したそうですね」

「まぁーな」


ヘンリーは酒を飲む。カランっと音がする。


「さすがに全員を治療院送りはやりすぎです」

「とはいってもよぉ。あいつら。俺を殺そうとしてきたんだぜ。殺す覚悟があるなら殺される覚悟があるってことだ。それを半殺し程度で生かすって相当甘いことだと、ねえちゃん。思わねえかぁ?」


死んだ魚のような眼でカナナを見る。

カナナは小さく頷いた。


「……それはそうですけど、一体なにがあったんですか」

「そーだな。まず連中。この辺の冒険者じゃねえだろ」

「そうみたいです。ここ最近で外からの冒険者は随分と増えました」


冒険者が増えたのはやはりドラゴン特需だった。

討伐して10日近く経過している。

だがカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンの大半は今だ山の中。

理由は巨体ゆえ。その全てをジークフォレストまで持ってくるのは無理だ。


虚空庫という収納できる時空魔法があるが、それでも容量は無限じゃない。

それに使えるのも黄金級の冒険者やそのクラスまでの実力者だけだ。

だから巨体をある程度の大きさに切断して運んでいた。


カオスマウンテンからジークフォレストまで馬車を使えば4~6日の距離だ。

途中には旧国境沿いの砦もあり、あの道中宿は中継地点になった。

ガタガタだったりしっかり作っていなかった道は整備された。

運ぶルートを整え、後の問題は盗賊や魔物だ。


その為の冒険者である。

カオスマウンテンの魔物処理。荷馬車の護衛。中継地点の警備。

道の修繕と工事の警備。調理人募集。荷物持ち募集等など。

雑多を並べれば人員はまだ足りないくらいだ。

そして仕事があればあるほど冒険者はやってくる。

それはそれで助かるが、それはそれで発生する厄介事もある。


人が集まるというのはそういうことだ。


「いつものように酒を飲んでいたら急に絡まれた」

「それは分かるような気がします」

「無視していたら殴られた。それでも無視した」

「殴られても何もしないなんて、いつものヘンリーさんらしくないです」

「あのなぁ、そこで反撃したらギルドに迷惑かけるだろ」

「それは今更なのでは?」


ギルドの受付嬢の責任者にしては過激な発言だ。

それでいいのかと思いつつ、ヘンリーは話を続ける。


「……更に迷惑かけたくなかったんだよぉ。俺はただ働かずに酒が飲めればいい」

「もう慣れましたけど、そう言われると殴られて当然としか思えないです」

「辛辣だなぁ。だから殴られても無視した。まっ全然痛くないのもある」

「それはそれでどうなのかと……あれ、でも喧嘩したんですよね」

「偶然、連中と町の中で出会ってしまってなぁ。そしたらやっぱり絡まれて、んで我慢しようと思ったが、ふとギルドの外だからいいだろって思ってやっちまった」

「町の中もダメですよ」

「まあそれはそうなんだが、決定的なのがあってなぁ」

「なんですか?」

「俺の剣を取ろうとした。二束三文でも売れば金になるだろって言いやがった」


言い終わるとヘンリーは酒をグラスに注いでグイッと飲んだ。

ずっと彼は赤ワインをボトルごと飲んでいた。

しかしとうとう飽きて、今はウイスキーを飲んでいた。

だがボトルごと豪快にラッパ飲みはしていない。

今はちゃんとグラスを使って飲んでいる。最近はロックに凝っていた。


「納得は出来ませんが理解はしました。よく衛兵に捕まりませんでしたね」

「連中。絡んでいたのは俺だけじゃなかったらしい。余罪が沢山あってな。一応やりすぎではあるが正当防衛が認められた。お咎めなし。それにしてもえらくあっさりしていたな。まあ予想はつく」

「衛兵も人手不足で大変らしいです」


つまりヘンリーに構っていられない。


「砦から派遣されているんだってな。それでも足りないから近々増員だとよ。ところで、ねえちゃんのところはどうなんだ?」

「信じられないくらい忙しいですよ」


ニコっとカナナは微笑む。

ヘンリーはグラスを揺らす。


「じゃあ俺と話してる暇ねえだろ」

「ご安心を。人員がしっかり確保されてますから、いつもどおりなんですよね」

「へえー、そいつはギルドマスターが優秀なんだな」

「ええ。そういえばヘンリーさん。会ったこと無いんですか?」

「あるわけねえだろ。なんで意外そうな感じで言うんだよ」

「だってヘンリーさん。ディンダ様とゴルドブルー様とダンディン様とも知り合いですよ。それならギルマスも知っていて当然って思いますよ」

「知り合いたくてなっているわけじゃねえけどなぁ」

「それは贅沢ですよ」

「それに俺は冒険者じゃねえからな」

「もう」


雑な言い方にムスっとするカナナ。

ヘッヘヘヘヘッッッとヘンリーは汚く笑ってグラスを飲み干した。

カランっと氷が音をたてる。



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