第13酒:羊羹の騎士。

ついヘンリーは叫んだ。


「面白ぇ女!?」

「おや、その呼び名と風邪ひいたみたいなガラ声……うむ。良かろう!」

「なにもよくねえんだが!」


ギリギリと刃で押して拮抗するふたり。


「はぁはあっ……これはとんだ助っ人だ……」

「おぬし。しっかりするんじゃ。いま治癒を施すからのう」


遅れて来たゴルドブルーはダンディンの具合を確かめてから治療に入った。

ポーションをダンディンに飲まして両手を負傷部位に翳す。

ゴルドブルーの両手から翡翠色の淡い光が負傷部位に灯る。


その様子を鍔迫り合いしながらチラ見したヘンリーはうんざりした。


「黒歴史女までいるのかよ」

「誰が黒歴……その呼び名と風邪ひいたような酒枯れた声の主はもしや」

「それはどうでもいいでござる」


ディンダは両剣を強く押す反動でヘンリーから離れた。

その様子は活き活きとしている。ヘンリーは言った。


「おい。俺だ。ヘン」

「さあ尋常に某と勝負でござる!」

「待て。ディンダ。こやつは」

「おい。面白ぇ女。俺だヘンリーだぁっ!」


慌ててフードを取って顔を見せる。

だが彼女は無視した。両手の剣を逆手で持つ。

肩幅に脚を開くと腰をやや落とした構えをとった。


「では行くでござる。いきなり【両翼乱舞】っ!」


軽くステップするとディンダの姿が消えた。


「ちょっ、おまってめぇこのアマぁ!」


なんとか勝てた。






深夜。

宿の二階の角の部屋。


「ふむふむ。なるほどでござる」

「しかしなんともデタラメなオッサンじゃのう。今更じゃがな」

「……はははっ、面白い。アケガラスを倒して成りすますなんてね」


ヘンリー達は事情を詳しく話す為に宿へ戻った。

騎士団はアレキサンドルを捕縛して既に去っていた。

宿の部屋はアレキサンドルが借りたままなのでそのまま使うことが出来た。

なお、キッチリお騒がせした補填などは宿に払い済みだ。


「つーわけだが、おいコラ。ござる女と軽薄騎士」


だらしなく椅子に座るヘンリー。

酒をあおってからディンダとダンディンを濁った目で睨む。


「軽薄とはこれまた酷いね。ところでディンダちゃん。今度、食事でもどう?」

「行かぬ候。面白ぇ女よりも侮辱を感じるでござるよ。ヘンリー殿」

「いやおめえら俺だって分かってただろ」

「……」

「……」


ベッドに寝ているダンディンは微笑み。

同じテーブル席のディンダは目をそらした。


「おまえらぁ……」

「僕は、ほらヘンリー君は次席と一緒に居て黒ずくめだったから」

「某は見つけたとき騎士がダンディン殿が倒れていて、ヘンリー殿は黒ずくめだったでござるから切っていいと思ったでござる」

「軽薄はまあ分かるとして、ござるの方は俺フード取って顔見せたよなぁ?」

「それは暗くてよく見えず、顔もチンピラゆえ。盗賊の一味かと思った次第で候」

「名乗ったよなぁ?」

「それは、そのヘンリー違いだとてっきり思ったでござる」

「ヘンリー違いってなんだよ!?」

「あー、いるねえ。三つ爪のヘンリーとか涙矢のヘンリーとか、ドブのヘンリーとか。僕が4年前に捕まえたヘンリーは、デマのヘンリーだったよ」

「確かにおるのう。爆発心中のヘンリー。死霊ヘンリー。戦場漁りのヘンリー」

「某も聞いたことある候。落ち武者ヘンリー。惨殺者ヘンリー。マッドスターのヘンリー。人斬りヘンリー。あとはヘヴンリーでござる」

「はっははは、ヘヴンリーはいないね」

「ヘヴンリーはおらんじゃろう」

「そうなのでござるか。というわけでヘンリー違いでござる」

「どいつもこいつもろくでなしばっかだなぁヘンリーってヤツはよぉ」


そう吐露すると全員がヘンリーを見る。


「はぁ、もういい。で、おまえら。なんでここにいるんだ? ガキどもはどうした? 一緒だったんだろ」


ヘンリーはため息をついてから酒を飲む。

同じテーブル席のゴルドブルーはお茶を飲んでから答えた。


「まず『ホークの集い』は一足先に帰らせた。今頃は街に着いておるじゃろう」

「ヘンリー殿は某たちの依頼を知っておるでござるか?」

「なんか変なドラゴン退治だったか」

「カオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン討伐じゃ」

「えっ、あ? なんだって」

「おお、あのカオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン討伐に行ったのかい」

「うむ。カオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン討伐に行ったでござる。そして討伐した候」

「おお、あのカオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンを討伐したのかい。それは凄い!」

「……おまえら?」

「苦労したぞ。カオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン討伐は、のう。ディンダ」

「うむ。キャサリンの防護と守護の祈りが無ければカオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンを倒すことは出来なかったでござる。無ければ今頃、某は胃液で溶かされていたでござるな」

「へえーカオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンをいったいどんな方法で倒したんだい?」

「お、おい……」

「うむ。それは、カオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンの体内に某が入り込み、彼奴めらの心臓を切り裂いたでござる」

「それはまたなんとも奇想天外な方法だね。うんうん。ふたりの友情がカオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン」

「いい加減にしろってめえらあぁっっ!!」


ヘンリーは吠えた。つい吠えてしまった。


「どうしたんだい。ヘンリーくん」

「ヘンリー殿?」

「なんじゃオッサン」

「早口言葉みてえにカオスなんとかっていちいちウゼぇえんだよっ!!」

「カオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンでござる」

「それはもういい! つか、カオスマウンテンって別に付ける必要ねえだろっ!」

「それはそう」

「確かにそうでござる」

「そうじゃのう」


三者三葉に納得する。

ヘンリーは深いため息をついた。疲れた。


「はぁ……ったく、てめえらマジで……ああ、もういい。疲れる。で、だ。つまりガキどもはギルドに知らせる為に先に戻ったんだな?」

「端的に言えばそうでござる」

「端的に言ってくれ」


ヘンリーはやってらんねえと酒を荒く飲む。

端的に言うとラッパ飲みだ。


「それで夜遅くなったのでのう。戻るのは危険というより疲れたのでこの道中宿に泊ったというわけじゃ。ここには入浴場があるからのう。特にディンダがそれはもう凄まじい女として終わっている壮絶な有様で……のう」


ゴルドブルーが思い出して項垂れる。


「そりゃあドラゴンの体内に入ってたからな」

「それは男でもやらないね。騎士でも無理かな。僕は」

「何度も何度も聖水ぶっかけて沐浴しても凄惨すぎてのう。入浴場も貸し切りにしてもらって後で湯の浄化もして、とにかくひたすら大変じゃった」

「というわけでござる!」


ディンダは愉快に笑った。

ヘンリーはゴルドブルーに同情しつつ自分の不運さに酒を飲む。

飲まずにいられない。


「ぷはぁっ、ったく、ついてねえなぁ」

「はっははは、いやぁー僕は逆についていたね。死んでいたかも知れないからねえ」

「ホントついてねえ」


ヘンリーは心底からぼやく。

ゴルドブルーは彼に同情しつつ話を整理して言った。


「にしてものう。ヨルカンというのが黒幕なんじゃな」

「恐らくそうだね」

「なんだか響きが羊羹に似ているでござる」

「僕もそれは思っていたよ」

「わしもじゃが、それ今言う必要あったかのう」

「ねえけど俺もだ。で、軽薄。その羊羹に心当たりは?」

「無いね。パトロンらしいけど覚えが全くない。これは元次席にゆっくりと話を聞くしかないね。ちょうど彼とは真剣に話をしないといけないと思っていたところだよ」

「それがいい。そーいえば、そいつ。羊羹を主君と呼んでいてかなり崇拝していた。元々アレキサンドルは羊羹の騎士だったってことだ」

「そう聞くとコミカルに聞こえるでござる」

「てめえが言い出したんだがな」


羊羹。もうヘンリーはそう覚えた。

こうしてヘンリーの逮捕劇は終わった。


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