第12酒:なんでおまえがいるんだよ。

黒ずくめの男はヘンリーである。

長身の男の死体から衣服を借りていた。

アケガラスを偽称し情報を得る為にアレキサンドルに接触した。

情報を得る理由は、普段ならめんどくせえで無視する。

だがさすがに暗殺のターゲットになったのは捨て置けない。

いつ他に飛び火するかも知れない恐れもある。

だから面倒でも厄介でもかったるくてもヘンリーは動いた。


アケガラスっぽいアドリブ芝居でなんとか黒幕の名前まで判明する。

ただし予想とは全く違った全然知らない名前だった。

ヨルカンって誰だこのおっさん状態である。

おっさんかどうかは不明だ。

てっきり彼はベタだがホッスロー辺境伯が黒幕だと思っていた。

そもそもアレキサンドルが裏切者ということも予想外だった。

騎士団の隊の次席は副長の次の席という意味だ。


そんな立場の人間が裏切っていたとは誰が予想できるか。


そして更なる想定外は青銀騎士団第六騎士隊の乱入だ。

今ヘンリーと対峙することになった隊長のダンディン=トレンディーノもそうだ。


「アケガラス。とうに大戦は終わったんだけどね。そろそろシティ派のカラスにでもならないか。モテるよ」

「意味が分からん。おまえたちはなんでここにいる?」

「前々からアレキサンドル次席の様子がおかしくてね。泳がせたら簡単に尻尾を出したので逆に吃驚しちゃったよ。あれは素人だ。騎士としても」


軽口のままダンディンが剣を抜く。

レイピアだ。しかしどこか妙な気配を漂わせる細剣である。

針のような細長い銀の刀身に青い紋様が渦を描く様に刻まれている。

ナックルガードも円盾ではなく銀の円錐になっていた。柄頭に青い宝玉が光る。


「妖刀か」

「ご名答。妖刀・月玖げつくと言う」


1000年続いた泥沼の大戦はあらゆるモノを生み出した。

戦いは技術を一気に進化させる性質がある。

その中で特に有名なのは【魔剣】と【妖刀】だろう。


【魔剣】は魔力を消費して火・水・風・土・雷・光・闇の属性を宿らせる。

威力は強力だが魔力が無いと使えない等がある。

また刀身に宿るだけで魔法みたいに飛ばしたりは出来ない。

あと光属性などは【聖剣】と呼ばれることがある。


【妖刀】は剣自身が持つ属性外の様々な力を現出させる。

剣自身の力を使うので魔力が無くても使える。

様々な力というのは多岐に渡り、その全てを把握することはほぼ無理だ。

更に切れ味に特化して鋭いのは【名刀・銘剣】と呼ばれる。


「面白い名前だな」

「彼女。かわいいだろう」


ダンディンは月玖をゆっくりと振り上げる。残影が九身も見えた。

それで瞬時に理解する。


「仕方ない。いいだろう。付き合ってやる」

「それはとても嬉しいね」


ダンディンが動いた。まっすぐ向かって月玖で突く。

するとたったひとつの刺撃が九つの突きとなった。

その全てを剣で受け、ヘンリーは下がる。


「一撃が九つになるとはな。乱打系か」

「正解。それが月玖だ」


一つの攻撃が複数に分かれる。それを乱打系と俗に言う。


「厄介だな」

「君たちほどじゃないさ。見せてあげよう。トレンディーノの刺突剣術」


ダンディンは構えた。両足を揃えて直立不動。月玖を胸の前に掲げる奇妙な構えだ。


「待ちの不動か」

「いいや。奏でるのさ」


ダンディンが動く。跳ぶような足取りで間合いを詰めて袈裟斬りを放つ。

それを受け切られるとすかさず軽く腕を伸ばさず突く。弾かれても更に軽く突く。

それも受け止められると、深く腕を伸ばして突いた。


実像をもった九つの刺突のひとつがヘンリーのコートを初めて貫いた。


「チッ」


翻して残りを避ける。

ダンディンは指揮するように月玖を振るう。

九重の揺れが奇妙な音を奏でた。


「どうかな。僕の演奏」

「いちいちキザったらしいんだよてめえ」


ヘンリーは吐き捨てて構えた。

左手の黒い剣を斜め下に向け、右手は握って少し引き、左足を前に軽く幅をあける。

腰を少し落とし、息を吸う。


「へえ、いい構えだ」

「はぁ、10年ぶりだ。悪りぃが手加減できねえ。だから―――」


トン、タン。ヘンリーは右斜めに跳び、左斜めに着地した。

ダンディンのちょうど真横だ。


「生きろよ」

「っ?」


声がして初めてダンディンは気付き、目を見張る暇なく黒い剣が襲った。

ただし峰だ。それでも骨折するぐらいの打撃を胴に受け、ダンディンは吹っ飛んだ。

地面を転がり、荒い息をして膝立ちする。


「はあっはあっはぁっはぁっ…………っ?」


ダンディンは戦慄した。全く気配すら察することが出来なかった。

右斜めに跳んだと思ったらいつの間にか真横から攻撃を受けていた。


「んー、やっぱ久しぶりだから甘ぇなぁ」


ヘンリーはどこか不満そうだ。

ダンディンは脂汗を浮かべる。


「はあはあ、はぁはぁっ……いやぁ、驚いたね……魔法かい? その黒い剣は妖刀でもない……よね、魔剣だ」

「いいや。単なる歩法だ。あと俺、魔力ねえから魔法使えねぇんだよ」

「はぁ……はあはぁ…………そいつは驚いたね……」

「この黒い剣も拾いもんだ。魔剣だったのか」

「……はぁっはあっ……はぁっ……なるほど……だから僕は生きているんだな」

「まぁな。運が良かった。つか思ったんだが」

「はぁっはぁっ……はあぁ……な、なんだい」

「なんで俺ら戦ってんだ? 戦う必要なくね?」

「そ、それは―――」


ダンディンが答えようとした、そのときだった。

何かが猛スピードで、まるで獣のようにヘンリーに襲い掛かってきた。


キンっと心地よい金属音が響いて鍔迫り合いになる。


「なんだぁっ? って!?」


ヘンリーは驚愕する。


「おおっ見事! 見事で候! 某の【猛鷲】を受け切るとはあっぱれでござる!」


二刀流で鍔迫り合いしている相手はディンダだった。

スッゴイ笑顔。




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