第11酒:なんつーか面倒だなぁおい。

ヘンリーは羊皮紙を読んで悩む。


「なんつーか面倒だなぁおい」


ぼやいて酒を飲む。そろそろ無くなりそうだ。

それから彼等の死体を森の中に運んだ。埋葬するほど仲が良いわけじゃない。

かといってここに放置するのも、ヘンリー的によろしくない。

だから森の中へ。


「これ貰っておくぞ」


折れた剣の代わりに彼等の持っていた剣を手にする。

黒い刃の珍しい剣だ。他は探るのは辞めた。死体漁りはヘンリー的に感心しない。

ヘンリーにとって死体は可哀そうなモノだからだ。

哀れで惨めで無情で悲しい。それがヘンリーの中の死体観だ。


「しっかし……アケガラスかよ」


うんざりする。実はヘンリー。彼等の事を知っていた。

アケガラスは泥沼の大戦が生み出した数多の闇のひとつである。

大陸屈指の秘密結社で暗殺や諜報を得意とする。

ヘンリーとの因縁は深い。

もう10年以上前に彼等と時には敵対し、時には味方となった。

泥沼の大戦中の話である。


「……さて、これをどうするかなぁ……」


件の羊皮紙をヘンリーは厄介そうな顔で見る。

それは表に人相が描かれていた。

どこにでもいそうなチンピラ雑魚の顔。そうヘンリーだ。

裏には待ち合わせ場所が書かれている。

丁寧に簡単な地図も添えられていた。


「この人相描き。騎士団が持っているヤツだな」


それをアケガラスの暗殺者が持っている意味。


「待ち合わせかぁ」


ヘンリーを殺した後の待ち合わせ場所だろう。

少し考えて酒を飲んで、ヘンリーはしゃあねえなと森の中に入った。


「死体漁りは感心しねえがカンベンな」


長身の男の死体を見てつぶやく。






道中宿という宿泊施設がある。

その名の通り道の途中にある宿屋だ。

村から村や町から町までの距離がかなりある。

今回の砦から町までも1日近くの距離があり必然的に野宿となる。

だが野宿は危険だ。盗賊も魔物もいつ襲い掛かってくるか分からない。

特に集団だと対処できるがソロだとどうしようもない。


実際に被害も多かった。

その対処として考えられたのが道の途中の宿屋だ。

大体が三階建ての建物。多くの冒険者や旅人や旅商人やキャラバンが利用する。


砦と街の中間。ヘンリーのいる森の反対側の道にその道中宿はあった。

一階が酒場と受付。二階からが客室だ。それと地下には入浴場がある。


夜。

二階の右端の部屋。男が鍵を開けて入る。


「まだ来てないのか」


呟いて椅子に座ると、その背後に気配があらわれた。


「っ!」


男は飛び退いて剣を抜いた。

剣を向けると、そこに居たのは黒ずくめの男。

黒いフードを目深に被って口元を隠し、黒いコートを纏う。

更に黒いシャツとズボン。黒しかない。


「物騒だな。次席殿」

「そちらこそ脅かすでない」


ジロリと黒ずくめの男を睨むと彼は剣を仕舞った。

彼は青銀騎士団第六騎士隊の次席を務めるアレクサンドル=ジ=アルフレドだ。

ヘンリーを捕まえにきた騎士団の責任者でもある。


「それでしっかりとアレは処分したのか」


ちなみに素顔は金髪色白のイケメンだった。


「あのような小物。些事であった。なにゆえ我らに?」

「我らが主君は実に用心深い。どのような小さいモノでも自分の存在を知られるのをひどく嫌う。確実に消せるぐらいでないと安心できないんだ」

「ふむ。臆病が秘訣か」

「貴様。主君を臆病と罵るか」

「吠えるな。小間使い」

「貴様っっ」


アレクサンドルは剣を抜いて斬りつける。

しかし黒ずくめの男は動じない。

それもそのはず、アレクサンドルの剣は中程で切断されていた。


「な!?」


カランと切断された剣が落ちる。


「じゃれるな。飼い犬。おまえの飼い主はアケガラスに逆らえと命令しているのか」

「……そ、それは、そんな命令は受けていない」

「俺はおまえの首を粗相したと落としてもいいんだぞ。おまえは使い走りだからな」

「わ、悪かった。許してくれ」


アレクサンドルは頭を下げる。

黒ずくめの男は頷いた。


「いいだろう。これで粗末な依頼は成立した」

「ああ。約束の金だ」


黒ずくめの男は受け取る。


「依頼受理書は?」

「何の話だ?」

「依頼受理書を渡せ」

「そんなの聞いていない。どういうことだ?」

「……痕跡を残さないように依頼受理書は回収している」

「馬鹿な。そんな話は聞いていない」

「依頼主はどこだ?」

「なに」

「依頼主が持っているのだろう」

「それは、分からない」


アレキサンドルは困っている。


「こうなれば依頼主に直接、問い質す必要がある」

「それはダメだ。それは出来ない」

「分かっている。依頼主の名を教えろ」

「それも無理だ」

「依頼主に返還要求をする。回収はせねばならん」

「……それは今でないとダメか」

「ダメだ」

「……どうしてもか」

「選択肢はない」

「………………わかった。依頼主は―――我が主君ヨルカン様だ」

「だれだそれ」

「えっ」

「わかった。必ず返還請求をする」

「あの、思ったんだがその依頼受理書をこちらで燃やすか処分すればいいだけでは? というかたぶん。我が主君ならば必ずしている」

「そりゃそうだ」

「え」

「んん。わかった。これで依頼は終了だ。飼い犬は飼い主の元に」


ドンっと乱暴にドアが破られた。

たちまち殺到する青銅色の鎧の集団。青銀騎士団だ。


「確保っ!」

「なにぃっ」


あっという間に捕まるアレキサンドル。

そこには黒ずくめの男の姿は既に無かった。






「ふう。あぶねあぶね。てか、なんであいつらが」


黒ずくめの男は宿から離れた場所を走っていた。

飛び降りて疾走。どこか慣れている行動である。


「おや奇遇だね」

「……」


黒ずくめの男は立ち止まる。


「今夜は月が綺麗で良かったよ。じゃないと見逃しそうだ」


青銀騎士団第六騎士隊の隊長ダンディン=トレンディーノは軽口して笑った。

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