第10酒:おい。俺の話聞いてるか。

砦を出る前にヘンリーはダンディンから酒と保存食と剣を渡された。


「はいこれ」

「馬車で送ってくれねえのか」


ダンディンは頭の後ろに手を置いて苦笑する。


「いやぁーごめんね。馬車、全部ちょうど出払っちゃってて」

「チッ、分かった……それで酒はともかくこの剣はなんだ?」


拵えも刀身も立派な剣だ。

それもそのはず青銀騎士団が通常採用している剣だ。


「一応、用心の為にね。街まで結構あるから。中古だから返さなくていいよ」

「おう。それじゃあ……じゃあな」

「またね」

「……じゃあな」


ヘンリーは砦を後にした。

街外れといってもかなり距離がある。

道沿いに進めばいいだけだが森も通る。


砦は旧国境沿いにあった。

今は飛び地とホッスロー辺境伯の領地との境になっている。

ほんの10年前まで普通に使われていた砦だ。

今も帝国軍が常駐しており、蒼銀騎士団は間借りしている形だ。


「まっ、酒飲んでちんたら歩いたら着くだろ。保存食は」


分厚い油が浮いたチーズとベーコン。


「つまみじゃねえか。まぁいいけどよ」


とりあえず酒を飲むヘンリー。

まずは酒だ。とにかく酒だ。いいから酒だ。それがヘンリーである。


「……ぐびっ」


歩きながら飲む。

他に通るものはなく静かだ。


「…………こういうのも、たまにはまぁ悪くねえか」


しばらく歩くと森に差し掛かる。

森といっても小さく道が通っているので、そこから外れなければ迷うことはない。

そして森には魔物が潜んでいる。


『ガアアアアアアァァァッッ!!』


さっそく遭遇する。


「おっ、熊じゃねぇか」


デビルアイベア。

三つ目の普通の熊より大きい魔物の熊だ。

額にある三つ目は赤々として魔眼と呼ばれており、自然に身体強化が掛かっている。


魔物にはランクがある。

D級~SSS級だ。更に下級・中級・上級に分別されている。

デビルアイベアはCの下級だ。


『ガアアアアアァァァッッッ!!!』


デビルアイベアはもう一度吠えると襲い掛かってきた。

身体強化した鋭い爪を伸ばし、剣のように振るう。

その速度は凄腕の剣士に近く、一撃でも喰らうと死ぬ威力だ。


「よっと」


ヘンリーは無造作に抜いた剣で軽く弾いた。


『グオォッ!?』


デビルアイベアは驚く。

それはそうだ。目の前にいるのはどう考えても雑魚みたいな見た目のオッサン。

森の中にたまにこういう弱いやつらの集団がある。

こんな弱いヤツをデビルアイベアは何人も殺してきた。

だから今回も楽に倒せると思っていた。


「おい。隙だらけだぞ」


ヘンリーはデビルアイベアの胴体を斬らず、心臓を刺した。

深く突き刺さり、ヘンリーは舌打ちして引き抜く。

デビルアイベアは倒れた。


「あーああ、いつものじゃねえから調子狂うなぁ」


見ると刀身の根元に僅かにヒビが出来ていた。引き抜くときに割れたのだ。

デビルアイベアは身体強化されているので、硬い体毛で覆われ筋肉もほぼ鉄だ。

いくら騎士の剣といえど突き刺すには硬度が足りていなかった。

いつものように切断しようとしたら折れていただろう。


「つかよぉ。こんなところに熊が出るのかぁ?」


ヘンリーが居るのは森の馬車道だ。

デビルアイベアは森の奥にいる。こんなところにいるのは妙だ。

実はデビルアイベアも気付かないうちに誘導されていた。

だがそのことにヘンリーは気付いていない。というかまったく気にしていない。


酒を飲んで森をトボトボふらふらっと猫背で歩く。

たまに千鳥足になる。不審者ムーブ全開だ。

その小悪党面も相まって町中でやっていたら間違いなく捕まっているだろう。


不意にその不審者が道の真ん中で止まった。

その瞬間、何かがヘンリーに向かって飛んできた。

それは小さな小さな針のようなもので、ヘンリーは剣で打ち返した。

打ち落とすのではなく、打ち返し、短い悲鳴と共に木の上から人が落ちてくる。

黒いフードを目深に被って黒いコートを着た男だ。死んでいる。


「おいおい。つまんねえ真似しやがって、酒がまずくなる」


いつの間にかヘンリーの前に黒ずくめの連中が居た。

5人か。手前の黒フードを被った長身の男が口を開く。


「貴様。どうやった」

「つか、おまえらなんだぁ?」

「単なる盗賊風情だと思ったがまさかデビルアイベアを倒すとはな」

「あー俺、盗賊じゃねえんだわ。それで何の用だ?」

「だがパトロンを知られている以上、始末せねばなるまい」

「おい。人の話聞いているか?」

「やれい!」


全員が一斉に剣を抜く。

ヘンリーは呆れたように酒を飲み、黒ずくめ1号の剣を受け、刺し斬った。


「なに!?」

「ふたり掛かりで仕留めよ!」

「「ハッ!」」


今度は2号と3号が左右から迫る。

ヘンリーは面倒くせえなぁっと思い、前方に連中がまとまっているのを見た。


「んーならあれ、やってみるか。確か」


ヘンリーは剣を逆手にした。

フワッとヘンリーの全身像が不自然に揺れる。


「「むっ?」」


2号と3号が警戒してスピードが落ちる。

ヘンリーは肩幅に脚を開いて軽くステップを踏むと消えた。


「「え!?」」


瞬時に目の前に現れ、左右上下から1、2、3、4撃。左右斜めで5、6、7撃。

左右横に8、9、10撃。左右上下斜めが11、12、13、14撃。


「がはっ!」

「ぐがぁっ!」

「ぎゃっ!」

「うがっ!」

「ばっ!」


巻き起こる乱れ斬撃の旋風に黒ずくめの連中全員が切り刻まれながら宙を舞う。

地に落ちたときは一人を除いて死んでいた。


「んだよ。まだこれからだっていうのによ」


ヘンリーが放ったのはディンダの【両翼乱舞】だった。

いや片手剣なので【片翼乱舞】だ。

それも完成度は彼女が目指す先まで高い。しかもまだ全て放ち終えていなかった。

それと今ので剣が折れた。舌打ちするヘンリー。


「ば、馬鹿な……」

「それで、てめえらなんなんだ?」


ヘンリーは剣を捨てると、ぐびっと酒をあおってから訪ねた。

ひとりだけ。先程の背の高い男だけワザと手加減して生かしておいた。


「ぐっ……よもや我らがここで命落とすとは」

「おい。俺の話聞いているか」

「止むをえん……すみませぬ……御屋形さま……」

「おい。だからおまえら―――マジか」


男は死んだ。口から血が垂れている。自死だ。奥歯に毒が仕込んであった。


「結局、俺の話まったく聞いてくれねえ」


苛立ち酒飲む。

深く溜息をつくと、男の懐に羊皮紙が見えた。

倒れたときの衝撃でズレて露出したのだろう。


当然、拾った。



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