第9酒:靴下は履かない主義なんだ。

ハーケーン伯爵家は帝国の護り帝国七剣者の一振りである。

帝都周辺の七大領地の東南を拝領し、更に辺境に飛び地を持っている。

由緒正しい帝国大貴族だ。

飛び地を管理しているのはハーケーン伯爵家の五頭と呼ばれる配下家。

その一つ頭がミールーン子爵家だ。


ミールーン子爵家の令嬢姉妹が乗っていた馬車が襲われた。

場所は飛び地。すなわちミールーンが治める土地内だ。

ジークフォレストの街も飛び地にある。

襲ったのはゴーモ盗賊団。

しかもゴーモはアラヴン大盗賊団の幹部だった。

だが盗賊団は一夜で壊滅した。令嬢姉妹は無事に保護される。

捜査した青銀騎士団第5騎士隊は仲間割れを起こしたとみている。

そして令嬢姉妹と侍女の証言により、盗賊のひとりが令嬢姉妹の牢を開けた。

助けたのかどうか判断できない。

その盗賊は牢を開けると逃げていった。


「それがヘンリーくん。君でいいのかな?」


青銀騎士団第六騎士隊の隊長ダンディン=トレンディーノは尋ねた。

軽薄そうないかにも女好きで、それはそのままであるが、とにかく軽薄そうな顔だ。

ニヒルな笑みが似合うイケオジである。つまりヘンリーと正反対だ。

靴下を履かないことを信条とする騎士である。


ここは取調室ではなく、町外れにある砦の物置きだ。

急遽整えたので狭い部屋に粗末な椅子とテーブルがあるだけだった。


ヘンリーが捕まってから1日が経過していた。

とはいっても護送の馬車で時間の大半が過ぎている。

砦に入ったのもついさっきだ。


「…………」

「ヘンリーくん?」

「あー……その、酒はあるか」

「さすがに飲酒させるわけにはいかないんだよね」

「そうか」


ヘンリーはしょんぼりする。アルコールが切れて数時間。

彼の手には手錠が掛かっていた。


「さて、君が所属していたゴーモ盗賊団はアラヴンの」

「所属って何の話だ?」

「ゴーモ盗賊団のことだよ」

「俺は所属した覚えがない。というか盗賊じゃない」

「おやおや、とぼけても無駄だよ。現に君が牢の鍵を開けたんだろう」

「……開けたのか?」

「僕に聞かれてもね。現に捕まっていたシャーニュがこの人相描きを描いたんだ」

「シャーなんだって?」

「シャーニュ。一緒に捕まっていたエルフのメイドだよ」


ダンディンは例の人相描きをテーブルにひろげる。


「おう俺だ」

「そうヘンリーくんだ」

「んー……盗賊団…………あっ」


唐突に思い出した。


「どうしたんだい」

「あれって1ヵ月以上前のことだろ」

「そうだね」

「んな前のこと覚えてなかったが……確か俺が妹に村を追い出されて、森の中を彷徨っていて、そうだ。酒だ」


段々と思い出していくヘンリー。


「酒?」


ダンディンは妹に村を辺りはスルーした。

気遣いが出来るイケオジである。


「酒が切れかけていたんで、ちょうど横転した馬車を見つけてよお」

「襲われた馬車だね」

「ああ、それで近くに盗賊がいるはずだと確信した。血と足跡があったから追跡して、洞窟を見つけた」

「見つけてどうしたんだい」

「タダ酒を貰いにいった」

「……ん?」

「ほらあいつら酒をもっているだろ。しかも夜だろ。だから仲間のフリして宴会に混ざってタダ酒を貰おうかなと、それでうまくいったんで酒を飲んでいた」

「確かにヘンリー君が異様に酒が好きという情報は入っている」

「んで飲んでいたらバレた」

「それはそうだね。それでどうしたんだい」

「タダ酒の礼ってあるだろ。俺だって仁義は通す。だから自首すれば命は助けるって言ったんだ。だけどよ。あいつら本気にしねえ。しょうがなく皆殺しにした」

「ふむ。なるほど。実は盗賊団の件。仲間割れっていわれていたけど、あそこの死体は全部、切り口が同じだった。ひとりの犯行だと僕は感付いたんだよね」

「へえー、それに気付くか。あんたやるなぁ」

「ありがとう。ちなみに令嬢姉妹を護衛していたのは青銀騎士団の第四騎士隊。護衛専門の騎士だ。全滅させたのは、おそらくボスのゴーモだろう。アラヴンの幹部だから当然といえば当然かも知れないね」

「あ? アイツ雑魚だったぞ。一振りで五人切り殺したぐらいでビビっていたぞ」

「んん? いまなんて? 一振りで?」

「五人ぐらい切るなんて面白ぇ女にもできらぁ」

「面白ぇ女?」

「たしかティンだかチンだか。ござる口調の女だ」

「ひょっとしてディンダかな。黄金級の冒険者だね」

「それだそれ」

「人の名前は覚えよう。それよりヘンリーくん。なんで令嬢姉妹を助けたんだい?」

「助けようと思ったわけじゃねえ。ただよ。聞いたら放っておけねえだろ」

「そうだね。その通りだ」

「そーいえばあいつら。取引があるから手が出せねえとかぼやいてたな」

「ほーう。取引かい」

「パトロンがどうとか言っていたぞ」

「ほほう。パトロンね。ちなみに詳しくは知っているかい」


ダンディンの瞳が怪しく光る。


「いいや。それだけだ」

「そうかい。ところでミールーンが統治する飛び地はホッスロー辺境伯と長年イザコザを起こしている。まっそんなことは辺境の村の子供でも知っていることだね」

「黒幕がホッスロー辺境伯なのか。つか後はそっちの仕事だろ」

「そうだね。さて次は……うーん。ないね。よし釈放」

「は?」


あっさりと言われて手錠も外される。

さすがのヘンリーも驚く。てっきり牢屋暮らしが始まると思っていた。

まあ即日脱獄編になるだろう。酒が無いからだ。


「裏付けの為に話を聞きたかっただけだからね」

「それなら手錠」

「そいつは許して欲しいね。相手がどう出るか分からないからさ」

「それもそうか」

「あと有力な情報も得た」


おそらくパトロンのことだろう。


「そういえば俺を尋問するの。アレクサンドルとかいうヤツだって聞いてたが、なんで急にあんたに変わったんだ?」

「次席は急に用事が出来てね。ちょうど暇だった僕になったんだ」

「暇って、そいつはなんか納得するなぁ」

「いやいやこれでもね。僕は忙しいんだよ。女子騎士を口説く―――ああ、そうそう。この釈放。実は凄い権力も掛かっていてね」

「凄い権力……?」


ヘンリーはまったく覚えがない。

ダンディンは一枚の書類をみせる。


「冒険者ギルドのカナナ受付嬢の嘆願書。うん。愛されているね。ヘンリーくん」


ダンディンは愉しそうな笑みを浮かぶ。

イケオジの笑み。だがオッサンのヘンリーには通用しない。

彼は呟くように尋ねた。


「なあよお、酒はねえのか」

「安酒だけどいいかい?」

「酒は酒だ。それに今は何を飲んでもうまいだろ」

「そうだね」


1時間後、釈放された。


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