第8酒:オッサン。捕まる。

いつものように冒険者ギルドの片隅で酒を飲む。

実はヘンリーには目的があった。

この冒険者ギルドの併用酒場のカウンターの後ろの棚にはずらりと酒が並んでいる。

その数はなんと200種類。圧巻である。

そう。ヘンリーはこれらを制覇しようとしているのだ。

本当にろくでなしである。


「あ? ロンリーウルフ?」

「そうですよ。ディンダ様から勝負する為に受け取ったあの酒。とんでもない名酒だったんです! 帝都の研修に行ったときの酒場にガラスケースに飾られていて、わたし驚きましたっ!」


ギルドの受付嬢カナナは興奮して話す。

ヘンリーはいつもと変わらぬ態度でボトルの残りを飲み干す。


「へえー」

「なんで興味の無い返事なんですか! 大体、あれがロンリーウルフだから引き受けたんじゃないんですか?」

「いや酒だったからつい。ロンリーとか知らん」

「あなたってひとは……」

「あのなぁ。ねえちゃん。俺にとって酒は酒だ。飲めて酔えればいい」

「はあ。いかにもろくでなしの酒カス発言ですね」

「相変わらず辛辣だなぁ。そーいえばあいつらどうだ? 最近まとめて見てねえが」

「ルーク君たちですか。頑張っているみたいですよ」

「そうか」


あれから2週間が経過した。

ルーク達『ホークの集い』はディンダとゴルドブルーに鍛えられていた。


「彼等は幸運ですよ。黄金級に師事されているんですから」

「そうなのか」

「はい。黄金級の依頼に携われるんですよ。普通なら出来ません」

「依頼かぁ、携わるってことは今、依頼について行っているのか?」

「はい。今はカオスマウンテンのカオスデスクライシスカーストドラグンドラゴン討伐に行ってます。3日前からです」

「あ? なんだって? カオスデスドラ……?」

「カオスデスクライシスカーストドラグンドラゴンです」

「……まっ、がんばれ」


フッとヘンリーは微笑む。

舌を噛みそうになった。


「そんなことよりヘンリーさん。あなた、また冒険者に絡んでましたね」

「俺が止めなければ死んでいたぞ」

「そういうのは絡む前にわたしに言ってくださいって言いましたよね」

「いなかったじゃねえか」

「はぁー……そういうときは他の受付嬢に伝言してください」

「わかった。だが今回はちゃんと止められたぞ」

「チンピラにカツアゲされたって苦情が来ているんです」

「ああ、なんか金を置いていったな」


ヘンリーはカウンターの上に置いてある小さな布袋を渡す。


「後で返しておいてくれ」

「いいですけど、あの不思議に思ったんですけど、ヘンリーさんって何か仕事をしているんですか」

「まったくしてないぞ。働きたくないからな」

「働いてないで毎日朝から晩まで酒を飲んでいるってことですか?」

「そうだな」


カナナは深いため息をつく。


「宿に泊まっていますよね」

「ああ、いい宿だな。酒が安い」

「お金は……」

「金ならある」

「……冒険者になる気は」

「ねえよ」


ヘンリーは即答した。

カナナは無意識でぼやく。


「ろくでなしのオッサンだけどあれだけ強いのに」

「ねえちゃん。俺はな。もう二度と働かないって決めんだよ。働かないで酒を飲む。それが今の俺の誇りだ」

「ゴミカスの誇りですね」

「そうやって10年、一切働かず故郷の村で過ごしてきた。今は放浪の旅だ」

「なんで旅をしているんですか」

「妹に村を追い出された」

「当たり前ですね」

「そいつは、俺もそう思う」


新しいのを注文してボトルのまま飲む。

ふと、カナナの視線にヘンリーの剣が入った。

黄金級の冒険者ディンダが勝負で手に入れたがった剣だ。

しかしどこからどう見ても武器屋で沢山ある剣にしか見えない。


「ヘンリーさんのその剣」

「ん? こいつがどうしたか」

「銘とかってあるんですか。いえ、ありませんよね」

「ブーケファロスだ」

「あるんですか。銘」


見た目は二束三文のどこにでもある剣だ。

そんな剣にはもちろん銘は無い。


「その剣は」


瞬間、冒険者ギルドの扉が勢いよく開いた。

青い全身鎧の集団が入ってくる。

ギルドの視線が集団に集まった。


「なんだなんだ」

「おい。あいつら」

「騎士団じゃねえか」

「なんでこんなところに」


集団の先頭の翼を模した兜を被った騎士が立ち止まった。


「冒険者ギルドに騎士団の方々が何の用でしょうか」


慌ててカナナが騎士たちの前に立った。彼女は受付等の責任者である。

どうにも出来なかったら副ギルドマスターかギルドマスターの出番だ。


「失礼する。私はミールーン子爵家の青銀騎士団第六騎士隊の次席を務める。アレクサンドル=ジ=アルフレドである」

「ギ、ギルド受付嬢のカナナ=センチュリーです。この場の責任者でもあります」

「用件はこのギルドに手配中の盗賊が居るという情報を受けた」

「盗賊ですか?」

「この者に見覚えは?」


アレクサンドルは人相描きの羊皮紙を見せる。

カナナは絶句した。


「……これは―――!?」

「捜索令状はある。今から捜索させてもらう」

「あ、あの」

「捜査開始!」

「「「「ハッ!」」」


騎士たちはギルド内を歩き回る。

そしてすぐに知らせが入った。


「次席! 酒場のカウンターに人相描きに似た人物がいます!」

「本当か?」

「はい。似ているというレベルではありません。人相描きそのものです」

「よし。私も確認する。参るぞ」

「「「ハッ!」」」


カナナは青冷めて立ち尽くす。

それからまもなくヘンリーは捕まった。

抵抗をせず素直に同行に応じる。

そのとき、カナナに自分の剣を預けた。


カナナは受け取って当惑する。

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