第7酒:最初は強く当たって後は流れで。

断ったことにまた周囲は驚いて騒然となる。


「はっはははははははっっっっ、やはりな」


ディンダは笑うと虚空に手を入れて何か瓶を取り出した。


「虚空庫!?」

「さすが黄金級……あんなものまで所持していたのか」

「ヘンリー殿。もし勝負を受けてくれたら、コレをあげるでござる」


ヘンリーの目の前のカウンターにその瓶を置いた。


「こ、これは―――!?」


その瓶を見たヘンリーの眼の色が変わった。


「どうでござるか」

「わかった。勝負を受けよう」


また周囲は驚いて騒然となる。





ギルドの訓練場。

コロシアムのような円形でそれなりの広さがあった。


「特別に借りましたよ」


カナナが溜息をする。

運良く空いていたのとディンダの名前を使って借りることが出来た。


「面倒かけるでござる」

「あの、俺達。本当に見学していいんですか」


ルークが訪ねた。申し訳なさそうだ。


「構わないでござるよ。審判代わりにもなるでござるが、ヘンリー殿が提案するのは意外でござったな」

「何の魂胆かしら。あのオッサン」

「それよりよぉ。ディンダさん。なんであんなオッサンに勝負を挑むんだ?」


ログは怪訝にする。

ディンダは明快に答えた。


「それはもちろん。彼が強者だからでござるよ」

「はあ? あのオッサンが?」

「そんなん無いわよ。あんなオッサン」


アーミスは信じられないという顔をする。


「だって見た目はチンピラだぜ」

「いきなりやられる小物そのものよっ」

「……」


クルフは黙る。

ヘンリーは声をかける。


「あー、やるならさっさとしようぜ」

「うむ。楽しみでござる」

「で、どんな形式でやるんだ?」

「真剣ではなく木剣を使った模擬試合形式だ。異論はござるか」

「それでいい。木剣はどこにある?」

「カナナ殿」

「えーと、あっちの籠の中に確か」


指差す方にヘンリーは歩く。

竹籠に木剣が何十本も入っていた。


「……」


ヘンリーは木剣を手にして見て戻す。

それを3回か4回繰り返し、1本の木剣を手にした。


「決まったでござるか」


既にディンダは木剣を二本持っていた。


「ああ、まあ、こんなもんだろ」

「ふん。往生際が悪すぎるわよ」

「アーミス」

「こんなんが強いわけないのに」

「それはどうだろうか」

「ルーク?」

「……」


ヘンリーとディンダは訓練場の真ん中で対峙する。


「なあ条件つけねえか」

「というと?」

「俺が勝ったら面白ぇ女と黒歴史女は俺の言うことをなんでも聞く」

「黒歴史女?」

「ゴルドブルーとか言っているのじゃロリ」

「わしのことか!?」

「なんでも……うむ。よかろう」

「ちょっ待て、わしは了承していな」

「ならば某が勝ったら、ヘンリー殿の剣を貰う」

「俺の剣? こんなのが欲しいのか?」


どこにでもある造りの剣だ。


「左様。木を隠すなら森の中とはよく言ったでござるな」

「何の事かわからねえが、まあ、勝てたらくれてやる。勝てたらな」

「うむ。某も負けたらキャサリンと共に操を捧げよう」

「ちょっ待っ!?」

「もういいですか。では始めます。勝負始め!」


カナナが開始した。


「はああぁぁぁぁっつっ」


気合いを込めてディンダが一直線にヘンリーへと駆ける。

両手の木剣を後ろに下げ、右へステップし、斜めから強襲する。

突っ込んで二本の木剣を振るう。

横に一撃、縦に二撃。殆どの者は見えなかった速度だ。


「よっほっ」


ヘンリーは軽々と受け弾いた。

ディンダは飛び下がる。


「さすがでござるな。【燕】が効かぬとはあっぱれでござる」

「なかなか鋭いな。面白い。面白ぇ女」

「次は踊るでござるよ」


ディンダは右手の木剣を逆手にした。

肩幅に脚を開いて軽くステップを踏むと姿が掻き消えた。


「えっ!?」

「消えた!」


右から1打。左で2打。右斜めが3打。左横に4打。両打で5、6、7、8打。

左斜めで9打。両横で10打。


「両翼乱舞」


左半回転で11打。斜め右ステップで12打。斜め左ステップ13打。

右回転で14打。左半回転で15打。

右左斜め上下半回転ステップで16、17、18、19、20打。


それは風だった。巻く打つ風だ。

目にも止まらぬ剣の乱撃いや乱打。まさに乱舞だった。


「す、すごい」

「なにこれ」

「……これが黄金級の実力かよ……」

「……でもオッサン。やばい」


クルフは言った。

全員が思わず彼女を見る。隣のゴルドブルーは頷いた。


「あのオッサン。ディンダの【両翼乱舞】を全て受け切っておる」

「単なる酔っぱらいのろくでなしクズのヘンリーさんが?」

「信じらぬがのう」


そのときだ。カンっと甲高い音をたてて木剣が宙を飛んだ。

全員の視線が空へと集中する。

それがディンダの左手の木剣と気付くのは、彼女が離れたときだった。

彼女は右手だけに木剣を握り締め、荒く息をしていた。

頬に汗をかいて、ぎこちなく微笑む。


「はぁっ、はぁっ、はあぁっ、よもや【両翼乱舞】を……破るとは」

「そいつは最初の勢いはいい。だが慣れると隙がありすぎる。そのなんとか乱舞」

「はぁっ、はあっ、ふうぅ……初めて言われたでござる」

「大体……分かってきた。今度は俺から行くぞ」

「ほう。それは、気合いを入れないといけないでござるな。某とキャサリンの操が賭っているゆえ。負けられぬでござるよ。うむ。よしでは来るでござる!」


裂帛の気迫をみせるディンダ。

その姿は女として黄金級の冒険者としての矜持と誇りだった。

ヘンリーはふらっと剣を構える。

猫背の様なみっともない姿だが次の一瞬でディンダとの間合いを詰め、右へ跳んだ。


「なっ?」


ディンダは当惑する。

ヘンリーは左へ軽くステップすると斜めから強襲した。

ディンダは咄嗟に構える。


「っ!?」


破裂音がしてまた木剣が宙に舞った。

それはディンダの右手の木剣だが、全員の視線は倒れた彼女に向けられていた。


「い、今のなに……鳥?」

「ぜんぜん動きが見えなかったが、鳥が」

「お、おい。ディンダさんが!」

「倒れている」

「ウソでしょう……?」

「あれは【燕】。なんとオッサン。ディンダの技を本人以上に使いこなしおった」


ディンダはゆっくりと立ち上がる。


「某の負けでござるか」

「そうだな」

「しかも最後のは【燕】でござった」

「面白そうだったからな」

「……あっははははははははははっっっっ」


ディンダは呵々大笑する。


「やはり世の中は広いでござるな。某の完敗でござる」

「おう。それで約束通りに」

「うむ。某とキャサリンをおぬしにやろう」


爽やかな笑みを浮かべる。


「ちょっっ、だから何故ワシも!?」

「オッサン。最低。下劣すぎる」

「う、羨ましい」

「ログ。おまえな」

「……だがこれは勝者の権利」

「ヘンリーさんが勝ったから文句は言えませんが」


周囲は妙な空気になる。

ヘンリーはきょとんとした。


「え、いらんけど」

「へ? 負けたら某とキャサリンはなんでもいうことを聞くと約束したでござる!」

「ああ、そう約束したな」

「待て。ワシは約束しておら」

「それならば! 某とキャサリンの操をヘンリー殿に捧げるが道理!」

「だからワシは」

「どういう理屈でそうなったが知らんが、んなもん。いらん」

「なんとっ!?」

「それならば何をワシたちに望むのじゃ?」

「おまえら。あいつらを鍛えてやってくんねえか」


クイッとヘンリーはルーク達を指差す。


「え? 俺達を?」

「面白ぇ女と黒歴史女に鍛えてもらって、それで青銅級に再挑戦すればいい」


それを聞いたルークは唖然とする。


「はあっ? あんた。なに言ってんのっ!?」


アーミスは困惑して吠えた。

ログもうろたえている。


「オッサン。あ、あんた」

「……びっくり」

「どういうことじゃ」

「ヘンリーさん?」


全員が戸惑っていた。

ヘンリーはディンダに貰った酒に口をつけて飲む。

勝利の美酒だ。


「うっせえな。辛気くせえと酒がまずいんだよ」


ボソッとぼやいた。


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