第6酒:あー……正直めんどくせぇんで嫌です。


ヘンリーは汚く笑って乾杯した。


「黒い歴史に刻まれた記念に」

「何を言うておる。このオッサン」

「なんでゴルドブルー様まで?」

「相方が妙な興味をもったせいじゃな。そのオッサンに」

「えっ、ヘンリーさんなんかに……?」

「なっ、言ったとおりだろ。こいつら。2週間前から見てんだよ俺のこと」

「何故こんなろくでなしを?」

「そうじゃのう。きっかけはそやつが冒険者の若手らしきパーティーに絡んでおつたときじゃ。相方が立ち止まって、「ふむ。的確でござる」とほざいたんじゃ」

「ヘンリーさん……」

「んなこともあったか」


全く覚えていないヘンリー。気にせず酒を飲む。


「ワシには酔っぱらいの戯言としか思わんかったのう」

「そうですよね」

「さっきから辛辣だなぁねえちゃん」


苦笑するヘンリー。

カナナは当然という顔をする。


「あなたの為に迷惑しているんです」

「そいつはどうもサーセン」

「……このオッサン……」


カナナは死ねと心の中で願った。

ゴルドブルーは苦笑を浮かべる。


「じゃが的確じゃった。オッサンの言う通りじゃった」

「だろ」

「単なる偶然では?」

「6日前。ギルドに寄るとまたオッサンが若い冒険者パーティーに絡んでおった」

「そうだったか?」

「はぁ、もういいです」

「そのときも相方は立ち止まって、「ふむ。道理でござる」と呟いた」

「まさか……でも」


カナナは自分が不安になったことを思い出す。

信じたくないがヘンリーが正しいかも知れないと確かに迷って困った。

彼の説明に納得できることがあったからだ。

ゴルドブルーは息をつく。


「あやつらのことなんじゃが、そうじゃな。ワシも神官じゃからな」

「大神官ですよね」

「その辺はどうでもよい。ワシから見てもこのオッサンの言うことは的を得ておる」

「そいつはどうも。ヘッヘヘヘヘっっ」


ヘンリーは嫌な笑みを浮かべ、酒を飲む。

その態度にカナナの不快感が増す。

このチンピラな酔っぱらいクズおっさんが?


「……そうするとルーク君たち『ホークの集い』は」

「さてどうなるかのう。青銅級の見直しになるか」

「……せっかく昇級できたのに」

「いいんじゃねえか。死なないのが一番いいんだよ」

「それはそうなんですが」


ヘンリーはボトルを口につけラッパ飲みする。

残りを飲み干したのだ。そして別の酒をボトルで頼む。


「うぃっく、クソやゴミみてえに死んでいく命よりマシだろ」


その眼差しは濁っていて死んでいた。

彼の様子にカナナもゴルドブルーも顔を見合わせて黙った。

なんと言っていいかわからない。


「わたし。そろそろ仕事に戻らないと」

「ワシは読書の続きじゃな」


ふたりはヘンリーから離れた。

ヘンリーは気にせず酒を飲み続ける。


数時間後。

ディンダと憔悴して項垂れた少年ふたりと少女ふたりがギルドに帰ってきた。

心配して駆けつけたカナナとディンダは話をする。

ルークたちは元気無く黙って俯いていた。

その様子からヘンリーが言った通りだったのがすぐ分かった。


「……」


ヘンリーは横目で彼等を一瞥し、ボトルを口にする。

そんな彼を涙目で睨む魔法使いのアーミス。


「何か言いなさいよ」

「あ? 別になんも思わねえよ」

「ざまぁみろとか思ってんでしょ」

「よせよ。アーミス」

「思ってねえって、なんにもねえよ」

「嘘つき!」

「アーミス。やめろって」

「なんなんだよ。あのなぁ。俺は確かにやめとけと忠告した。それをどうするかはお前らの自由だ。死ななくてよかったじゃねえか」


ヘンリーはめんどくさそうにしている。

実際めんどくさい。ルークが謝る。


「おじさん。すみません」

「まぁいいけどよ……これからおまえらどうするんだ?」

「もうひとりの仲間の彼女と話して、それから決めようと思います」

「そうか。まっ生きている限りチャンスはある。頑張れよ」


月並みなセリフだがそれがヘンリーの精一杯のエールだった。

彼は誰かを褒めるのが苦手だった。


「ありふれたセリフしかいえないの?」

「アーミスいい加減にしろっ」

「なによ。あの女が居たから強かったとか納得できるわけないでしょ!」

「アーミス……仲間のことをそんな風に」

「なによ。ルーク」

「いくらなんでも今のは良くねえぞ」

「うっさいわね。槍」

「槍って」

「……」

「なんか言いなさいよっあんたはいつも!」


『ホークの集い』に険悪なムードが漂う。


「ふうむ。これはまた見苦しいでござるな」


ディンダが素直な感想を述べる。


「お、面白ぇ女」

「ヘンリー殿」


ディンダは彼に向き直った。そして笑う。


「なんだ?」


ドキっとするような魅力の笑みにヘンリーはたじろぐ。


「ヘンリー殿。此度の件。おぬしは某に貸しが出来たでござる」

「いや意味がまったくわかんねえんだが」

「では頼みがあるでござる」

「頼み……俺に?」

「うむ。某と勝負をして欲しいでござる」


この場に居る誰もが驚いて騒然とする。

ヘンリーはボトルを口につけてグイっと飲んで。


「あー……正直めんどくせぇんで嫌です」


後髪を掻きながら断った。




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