第4酒:冒険者ギルドの酒場の片隅で酔っぱらっているたまにウザいオッサン。
ジークフォレストという町がある。
周囲が森に囲まれた。特にこれといったところが無い町だ。
しかし規模が町なので冒険者ギルドがある。
この町の冒険者ギルドは俗に言うタイプAだ。
タイプAは併用した酒場が1階にある。冒険者ギルドで最も多いタイプだ。
酒場が併設されている理由は色々と言われている。
待ち時間の暇潰しだとか。集まりやすいとか。ギルドの小遣い稼ぎとか。
仕入れにおけるギルドのネットワーク造りとか。
どれも正しいのだろう。
ジークフォレストの冒険者ギルド支部で受付嬢をしているカナナ。
彼女は最近、悩みがある。
それは1ヵ月前から酒場の片隅のカウンターに居座り飲んでいるオッサンだ。
彼は開店から閉店までひたすら酒を飲んでいる。
飲むだけなら、まあ近寄らないでおこう。と回避すればいい。
だがこのオッサン。
たまに若い冒険者の連中に絡んでくるのだ。それもかなりウザい。
そして今日もある若い冒険者のパーティーにウザ絡みしていた。
「な、なに言ってんだよ。おじさん」
「やめとけやめとけって言ったんだ。おまえらじゃ荷が勝ちすぎるんだよ」
グビっと飲みながらリーダーの少年に言う。
なおオッサンの名はヘンリーという。チンピラ紛いの風貌だ。
「はぁ? たかがゴブリンでしょ」
「ゴブリン程度。俺ら慣れてるんで」
隣の魔法使いの少女と槍を持った少年が馬鹿にしたように言う。
魔法使いの少女の斜め後ろにいる弓を持ったエルフの少女はヘンリーをジト目する。
剣士でリーダーのルーク。
魔法使いのアーミス。
槍使いのログ。
狩人で弓手使いのクルフ。
本当はもうひとり神官が居るが今は研修で教会本部に王都へ行っている。
新進気鋭ではないが、石ころから青銅級になったばかりの若手パーティーだ。
「俺達。ゴブリンと戦ったこともあるぞ」
「だが巣はねえだろ」
「ねえけど」
「オッサン。ウザい」
アーミスはムッとしている。ログも吠えた。
「ゴブリンの巣ぐらい退治できなきゃ青銅じゃねえんだよっ」
「…………」
クルフは黙る。
「ちょっとちょっと! なにしてるんですか」
騒ぎを聞きつけてカナナが割って入った。
ギルド職員で受付嬢をしている。
亜麻色の髪をくるっと丸くして髪型の美人さんだ。
ヘンリーが挨拶する。
「よぉ、ねえちゃん」
「ヘンリーさん。またあなたですか」
カナナはヘンリーを睨む。
ルークは困った顔で訴えた。
「カナナさん。このおじさん。なんなんですか」
「さっきからウザ絡みしてウザい。あと酒くさい」
「すみません。ヘンリーさん。なにしてるんですか」
カナナは怒りを隠そうとしない。
ヘンリーはへへへっっと小悪党面で笑う。
「俺はよぉ、親切に止めているだけだ。実力不足で死ににいく若者を止めるだろ」
「何の話ですか」
「このオッサン。俺等がゴブリンの巣の討伐で死ぬとかいってやがる」
「…………」
ログは不機嫌にぼやいた。
クルフは黙っている。カナナはヘンリーに向かって真面目な顔で口を開いた。
「ヘンリーさん。ゴブリンの巣の討伐は青銅級の立派な依頼ですよ」
「青銅とかそんなの知るか。とにかくやめておけ。おまえら」
「うっせえ、おい。ルーク。もう行こうぜ」
「う、うん」
「オッサン。自分の心配したら? 冒険者が昼間に酔っぱらうって恥ずかしいよ」
皮肉たっぷりにアーミスは笑う。
ヘンリーは酒を飲んで平然と言う。
「俺は冒険者じゃねえぞ」
「じゃあなんなんのよあんたっ!?」
「冒険者じゃねえのかよ!?」
「えぇぇ……そうなんですか。カナナさん」
「そうなんです」
何故か恥ずかしさを感じるカナナ。
オッサンは平然と名乗る。
「俺はヘンリーだ」
「ヘンリー? 博打弾きの?」
「そういえば魔法失敗して死んだヘンリーっていたわね」
「……ヘヴンリー」
「いやクリル。それはいない」
「じゃあドブのヘンリー?」
「いいや。ただのヘンリーだ」
「このクソ酔っぱらい! 行くぞ。ルーク」
「う、うん。行こうか」
「そうね。じゃあね。ろくでなしのヘンリー」
「…………」
ルーク達は呆れたように出て行く。
ヘンリーはその様子を剣呑に眺めて酒を飲む。
「あーああ。おい。いいのか。止めなくて」
「なんで止める必要があるんですか」
カナナは冷ややかな表情を向ける。
ヘンリーは当然と言った。
「死ぬぞあいつら」
「あのですね。冒険者じゃない酔っぱらいのあなたがなにを知っているんですか」
「知らねえし興味もねえ。だが強さは分かる」
「強さですか」
カナナはため息をつく。
ヘンリーは飲んでから尋ねた。
「ゴブリンの巣の討伐。青銅級の依頼って言っていたが、そうなのか」
「そうですね。基本的な依頼です」
「ふーん。なあ、あいつら。いつも4人か?」
「えっ、本当はもうひとりいますけど」
「そいつ。ひょっとして神官だろ」
「そうですけど……どうして」
やっぱりなぁとヘンリーは酒を飲む。
「そいつがよぉ、えれえ優秀だったんだろうなぁ」
「ええ、優秀です。聖女と呼ばれています」
「そいつはすげえ。まっ神官は治癒の他に付与もするだろ。攻撃や防御強化。あとは結界防壁だったか」
「ヘンリーさん。何が言いたいんですか」
カナナは苛立って言葉にトゲが入る。
ヘンリーはおどけた。
「いやぁ、つまんねえことだがよぉ。そいつが飛び抜けて優秀だった。あいつらは青銅っていうのにはまだ弱かったって事だ」
「……そんなことはないと思います」
「そうか。なら、しょうがねえ。あいつらの無事を祈って飲むとするか」
そう突き放してヘンリーは酒を飲む。そろそろボトルが空になりそうだ。
だがカナナは動かない。俯いて僅かに震えていた。
言われると思うところはあった。
しかし彼等は不正に青銅級になったわけじゃない。
パーティーは当たり前だ。
むしろ一部のダンジョンや依頼ではソロが禁止されている。
これは不備だ。気付くのが難しい不備だ。
それに気付いたこの酔っ払いは何者だろうか。
ギルド受付嬢のカナナは大いに困る。
いくら自己責任とはいえ見殺しには出来ない。
急いで行けば間に合うだろう。でも彼等に何と説明すればいいのか。
正直に彼女が居ないのであなた達は弱いと言うのか。無理だ。
それ以前にヘンリーの言う事が正しいとは限らない。
連日、朝から晩まで飲んだくれている酔っぱらいクズオッサンの言葉だ。
単なる戯言の方が信ぴょう性が高い。むしろそうだろう。きっとそうだ。
カナナは頷く。それでも心の奥底に残る。
本当に戯言なのだろうか。
「話は聞いたでござるぞ」
それはまるでカナナの迷う心を救うような言葉だった。
「んん~、なんだぁ? チッ、カラかよ」
ヘンリーはボトルが空になったのでお代わりをする。
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