第3酒:せっかく親切に言ってやったのによぉ。

タダ酒を堪能していたらいつの間にか席の周りを囲まれていた。

5人か。どいつもこいつもガラも顔も態度も悪い。


「あぁ?」

「おぅ、てめえ。見掛けねえツラだなぁ」

「カシラがよぉ。てめえ誰だって疑ってたぜ」

「よく見たら俺等と同じだけどよぉ」

「悪いがよぉ。カシラが呼んでる」

「来い」


ヘンリーはコップの中身を飲み干して立つ。


「なんだなんだ。俺はヘンリーだぞ」

「ヘンリー。ドブのヘンリーか」

「いいや。この情けねえツラ。泣きのヘンリーじゃね」

「ヘヴンリーは違うか」

「んなもんいるわけねえだろ。居たとしてもこんな弱っちいチンピラじゃねえ」

「掠り盗りのヘンリーは殺されたからなぁ」

「ミミズ腫れのヘンリーは牢獄だ」


ヘンリーはどいつもこいつもろくでもねぇヘンリーだなあっと失笑する。

だが当の本人も10年間酒浸りで働かないクズである。

そんな生活を続けているのを見ていた妹の心傷は測れない。


盗賊団のボスの前に連れて行かれる。

ボスは5人に囲まれたヘンリーを片方しかない眼で睨む。


「おめえ。知らねえな」

「ヘンリーだ」

「……ヘンリー? 苦悶は死んだから、三つ爪か」

「いやドブのヘンリーだ」

「お前ドブか!」

「確かに濁った瞳がドブっぽいな」

「ドブに浸かってそうな顔だな!」

「うっせえぞ。てめえら! ああ? ドブ。知らねえなぁ」


ボスはヘンリーを警戒する。

すぐ殺せるようにヘンリーを囲む5人に合図を送る。


「カシラ。街のガーゴのところのヤツです」

「ガーゴか。だがなあ。来るなんて聞いてねえぞ」

「あーそうだなぁ。俺も来るなんて言ってねえしな」

「ああ?」

「おい。ドブ」


遠慮なくヘンリーは言う。


「うめえ酒だったぜ。あれ上等だろ。馬車の戦利品か」

「……半分はな」

「じゃあ半分あるわけか」


良い事を聞いたぞとヘンリーは思った。

ボスはイラっとする。


「おい。ガーゴんところは部下の躾してねえのか」

「俺にも礼儀ってもんがある」

「礼儀だと」


ボスはヘンリーを殺すと決めた。

ヘンリーは言う。


「タダ酒の礼だ。ここで自首するなら全員殺さないでいてやる」

「は? あははははははっっっなに言ってんだこいつ」

「3数えるうちに決めろ。1」

「ははははははっっっっっ馬鹿じゃねえのか」

「2」

「わっはははははっっっっっおもしれえ、やれるもんならやってみろ」

「ぶっははははははっっっっっ、おいおい酔いすぎだぞ」

「3。はぁ」


ヘンリーは剣を抜いて振った。


「冗談にしてもさす」


5人の胴体や頭が離れる。


「……あ?」


近くに居てまともに血を浴びたボスは唖然とした。

反対に目撃した辺りは騒然となる。


「うわああぁあっっ」

「な、なんだっ!?」

「ガズさんたちが!」

「うええぇぇっっっ」

「て、てめええぇっっ」

「あーああ、せっかくよぉ」


ぼやいてヘンリーは向かってきたヤツの頭を飛ばすと近くの酒瓶を手にした。

いつの間にか剣は鞘に収まっている。


「な、なにが」

「せっかくよぉ。親切に言ってやったのによぉ」

「な、ななな、なにをしやがった!?」

「んなの見ればわかるだろ。なに驚いてやがる。一振りでたかが5人斬っただけだ。いや6人か。んで7人だな」


襲ってきたのをいま斜めに切り捨てた。

それと斧の柄を手にした男を逆手で寸断する。


「これで8人だな」

「―――っ!?」


ヘンリーは面倒くさそうに造作もなく殺した。

周囲は阿鼻叫喚だ。ヘンリーは溜息をついた。


「鬱陶しいなぁ。おい。ちょっと待ってろ。いま片付けてくる」


そう言うとヘンリーは酒瓶片手にたまに飲みながらボス以外の盗賊を処理し始めた。

怒号に悲鳴と叫び声。それと勇ましい掛け声がいくつか聞こえる。


やがてしーんと恐ろしいほど静かになった。

何事も無いようにヘンリーは戻ってくる。

ボスはヘンリーに鬼の形相を見せた。虚勢を張る。


「て、てめええぇ、な、何者だ」

「だから言っただろ。ヘンリーだ」

「ドブのヘンリーか。ガーゴのやつは」

「いいや。そりゃあ嘘だ」

「は?」

「単なるヘンリーだ。まぁもっとも昔の、いやどうでもいいか」


そういえば生かす必要ねえよなと、ヘンリーはあっさりボスの首を刎ねた。

終わった後、酒瓶をラッパ飲みする。


「ふうっ、さてと」


ふらりっとヘンリーはボスの懐を探る。


「やっぱりあったか」


何か取り出し、静かな洞窟の地下4階へと降りた。


4階は洞窟の最下層だ。

取って付けたような鉄格子が嵌め込まれた牢が4つある。

一番手前の牢は木箱が入っていて荷物置き場となっていた。

二つ目は何も無い。三つ目も同じ。

四つ目に複数の人の気配があった。


「ここか」

「……」

「……」

「……」


ぽつり呟くと無言という反応があった。

高級感あるも旅姿に相応しいドレス姿の赤髪美女と美少女。

姉妹だろうか。年齢差はあるが同じ顔立ちをしている。

それと格式高そうな侍女服を着たエルフの金髪美女がひとり。

エルフの噂に違わぬ美しさで耳を尖らせている。


牢屋という場に咲くには際立っている華たちだ。

怯えながらも気丈に力強い視線でヘンリーを見ている。


「ほらよ」


ヘンリーは鍵を放った。

ビクッと赤髪の姉が妹を抱いて、エルフの侍女が彼女たちを護るように前に出る。

そして鍵だと気付くと、きょとんとした。


「何の真似ですの」


エルフの侍女から鍵を渡された赤髪の姉が警戒心高く尋ねる。

ヘンリーは少し考えて答えた。


「さぁな。助ける義理も何もねえけど、まっ俺はそういうヤツなんだろうなぁ」

「何を戯言を」


ヘンリーを鋭く見据える。


「姉さま。その鍵で出られるのですか」

「え、ええ……」

「お嬢様。ワタクシが開けます」

「そうですわね」

「……そういうわけで運が良かったな。じゃあな」

「ま、待ちなさ」


ヘンリーは用が済んだと去っていった。

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